2012年07月12345678910111213141516171819202122232425262728293031

 「ベルカント・オペラ」とは、19世紀前半の高度な歌唱技術を伴うオペラです。
代表的な作曲家はロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニの3人です。今回は、愛知県文化振興事業団主催の『ランメルモールのルチア』公演に関連して、ドニゼッティとベッリーニを取り上げました。
 この2人は、次に述べるとおり、性格も音楽も対照的です。なお、ドニゼッティのオペラが再評価されたのは、今世紀後半になってからで、マリア・カラスの功績とも言われています。

 

 ベルカント1.jpg
ガエターノ・ドニゼッティ(1797-1848)

 ドニゼッティは、イタリアのベルガモに生まれました。彼は、大変多くの作品を作り、オペラは70近く作曲しました。彼の特技は、オペラの早書きです。『愛の妙薬』は上演に約2時間かかりますが、これをわずか2週間で書き上げています。『ランメルモールのルチア』には珍しく6週間もかけましたが、『連隊の娘』の第2幕に至ってはたった4時間で完成したと言われます。
 

 ベルカント2.jpg
ヴィンチェンツォ・ベッリーニ(1801-1835)

 一方、ベッリーニは、シチリア島・カターニアに生まれ、34歳で亡くなった早逝の作曲家です。ベッリーニの音楽は気品があり、その息の長い流麗なメロディは、深い憂愁と情感を湛えて聴く人の胸を締めつけます。彼の音楽を愛したショパンは、ベッリーニの墓のそばに埋葬されたいと願いました。ワグナーも賞賛を惜しまなかったそうです。イタリアの作曲家のアリーゴ・ボイートは、「ベッリーニを愛さない人は、音楽を愛さない人だ」とまで言っています。

 

 さて、今回の上映会の目玉は、ドニゼッティの『ランメルモールのルチア』です。これは、イタリア・オペラの屈指の名作で、美しい旋律にあふれています。
また、主役のソプラノ歌手の名技を最大限に見せるため、最終幕に、悲劇に耐えきれず精神錯乱して、コロラトゥーラ(速いフレーズの中に装飾を施した旋律)で曲芸的アリアを歌うという、「狂乱の場」でも有名です。


 ベルカント3.jpg
「ルチアの六重唱」のカリカチュア (1900年頃)


 今回の上映会では、『ルチア』の4本のビデオを用意しました。サザーランド、デヴィーア、ボンファデッリ、ネトレプコの4人の歌姫の競演です。この中では、ネトレプコが容姿・歌唱とも最高ですね。メトライブ(メトロポリタン歌劇場の公演)として、映画館でも上映されました。


 ベルカント4.jpg  photo: Marcimarc 
アンナ・ネトレプコ(1971-)

 愛知県文化振興事業団の公演では、ルチア役を日本を代表するソプラノ歌手の一人である佐藤美枝子さんが演じ歌います。佐藤さんは、オペラ『ファルスタッフ』公演(平成20年、愛知県文化振興事業団主催)でもその輝かしい歌唱で愛知の聴衆を魅了しました。佐藤さんのコロラトゥーラが楽しみですね。

 なお、今回ご紹介できませんでしたが、ドニゼッティのオペラ「アンナ・ボレーナ」は、ヘンリー8世の愛人、アン・ブーリンを描いたオペラです。次回の「シェークスピア歴史劇」映像上映会で、ネトレプコ主演の映像(英語字幕)を上映します(8月17日(金)14時30分から)ので、どうかお見逃しなく。

A.M
 

 音楽評論家の吉田秀和さんが去る5月22日に98歳で亡くなられました。現在、アートライブラリーでは、吉田さんの業績を偲び、著作・関連資料を展示しています。
吉田展1.jpg

 吉田さんは、朝日新聞の「音楽展望」やレコード芸術などにクラシック音楽を中心に評論されました。また、NHK-FMでも「名曲の楽しみ」での解説で親しまれてきました。音楽評論というと堅苦しい、難解なイメージがありますが、吉田さんの文章はわかりやすく、本人の感じたことがダイレクトに伝わってくるような美しい名文でした。吉田さんの豊かな言葉によって音楽が好きになった、また、音楽の聴き方が変わったという方も多くいることでしょう(筆者もその一人です)。

 吉田さんの音楽を聴く耳と感性は素晴らしく、その評論は多くの人から支持されました。グレン・グールドの素晴らしさを真っ先に伝えたのは吉田さんです。また、世紀の名ピアニストのホロビッツの初来日を聴いて「ひびのはいった骨董品」と率直に評し、話題を呼びました。また、若い優れた演奏家を多く世に紹介してきました。小沢征爾さんや中村紘子さんも吉田さんを大恩人としています(小沢征爾さんの追悼文も掲示しています。)
吉田展2.jpg
 

 吉田さんが初めて芸文センターに来られたのは、平成5年10月20日のことです。愛知県芸術劇場大ホールでのウィーン・フォルクスオーパーによるオペレッタ「マリッツァ伯爵夫人」(カールマン作曲)を観劇するためです。この時、吉田さんとご夫人のバルバラさんをご案内したのが、当時の愛知県文化振興事業団課長補佐の田中民雄さんでした。田中さんはお二人をアートライブラリーにご案内した後、観劇しました。観劇後も食事をご一緒にされたということです。今回、その時の思い出をエッセイとして特別に寄稿していただき、会場に掲示しています。
吉田展3.jpg
 貴重な証言ですので、是非ご覧ください。

 また、吉田さんもその時の公演を新聞で評論し、会場についても言及しています。以下引用です。

会場は愛知県芸術劇場大ホール。評判にたがわぬりっぱなもので、天井は高く、広々とした椅子、深い緋色のカーテン等々申し分ない。こんな豪華な会場に座って、オペレッタをきくのは初めてである。」(平成5年10月28日)  

 実は筆者も当日、大ホールでこの演目を観劇し、オペレッタの魅力にはまってしまったことを懐かしく思い出します。

 展示資料は、吉田さん執筆の書籍や執筆記事掲載の雑誌をはじめ、批評したレコード・CD、館長を務めた水戸芸術館の資料や、吉田秀和賞(優れた芸術評論に贈られる賞)を受賞した評論家の書籍、吉田さんの訃報の新聞記事など多岐に渡っています。
吉田展4.jpg


 また、1980年代からの『音楽展望』の新聞切り抜きを展示しています。これは、当センターの職員(音楽愛好家)が個人的にスクラップしてきたもので、大変貴重なものと言えましょう。

吉田展5.jpg

吉田展6.jpg

 資料展は、7月29日(日)まで開催予定です。是非お立ち寄りください。
(A.M)