新感覚の体験「さわる展示」
南山大学人類学博物館

アート・文化施設やモノづくりの現場にでかけてレポートする「おでかけAAC」。
今号は、「南山大学人類学博物館」へ。
大学の人類学・考古学研究の成果を一般に広く公開する資料の宝庫で、距離感ゼロの出会いが待っていた。
撮影/千葉亜津子

ユーモアを交え、わかりやすく丁寧に解説していただいた、人類学博物館運営委員長・担当教員の黒澤浩教授。「今後は博物館同士のネットワークを活かして、ユニバーサルミュージアムに近づくためのブラッシュアップする可能性の探求、資料研究の新領域開拓を進めていきたいです」。

南山大学人類学博物館
愛知県名古屋市昭和区山里町18
https://rci.nanzan-u.ac.jp/museum/
地下鉄名城線・八事日赤駅より徒歩で約8分、「南山大学」の正門から入ってすぐのR棟地下1階。入館無料で、 展示室の順路はなく、興味を持ったところから自由に見学できる。定期的に博物館実習の学生による企画展も開催。

「ユニバーサルミュージアム」を目指し、
みんなの好奇心を刺激

千点以上のコレクションのほぼすべてを露出展示。さらに驚くべきことに、「PLEASE TOUCH(どうぞさわってください)」という表示があり、本物の考古資料、民族誌資料、現代生活史資料を直接手にとって見られる。

全国でも類を見ないこの施設は、10年前に構内の新校舎へ移転し、リニューアルオープンした際に、すべての人の好奇心のための博物館「ユニバーサルミュージアム」を目指して誕生した。それを手掛けた人類学博物館運営委員長・担当教員の黒澤浩教授が今回の案内人。「ユニバーサルミュージアムは障がいの有無、国籍、人種、民族、ジェンダー、社会的な差異に関係なく楽しんでもらうための博物館という理想形を思い描いています。まずは博物館を利用しづらい視覚障がい者に向けて、全盲の文化人類学者の広瀬浩二郎さんにアドバイスをいただき、名古屋ライトハウスのご協力のもと『さわる展示』を実現しました。車椅子やご高齢の方が動きやすいフラットな空間で、椅子に腰掛け、時間をかけてさわれる配慮も。来館者はとても近い距離で資料に接し、学習できます」。


点字で説明するタグを設置し、多言語表記の案内も。

博物館は資料をさわらず保存するのが大前提で、資料の保存と活用という矛盾をはらんでいるが、ここでは思いきり活用する方へシフト。「里山を手入れして維持するように、日常的に使いながらメンテナンスをして残すという考え方です。大学の博物館だから自由度が比較的高いこともあり、他館ではできないような実験的な取り組みをしてみる場だと思い立ちました」。

黒澤教授の思考を形にしたユニークな博物館には在校生や留学生、大学関係者をはじめ、視覚障がい者、親子連れ、旅行者、他館の学芸員など幅広い人たちが思い思いに観覧を楽しむ。



パプアニューギニアのバイニング族が作った、
火踊り用の仮面にタッチ。
写真左の人間の身長より高い像はインパクト抜群。

地元の遺跡から発掘された土器も
触察(しょくさつ)を通じてものの良さを味わう

常設展示を時代や地域別ではなく、収集過程別に紹介しているのも見どころ。4つの展示カテゴリーに分かれ、「どういう目的で、誰が、いつ収集した資料か」を知ることで、南山大学の人類学研究の発展を理解しやすいようになっている。

「信仰と研究」では、南山大学の母体となる「神言修道会」に所属していた神父によって収集された70万年前の旧石器時代の石器や、縄文土器にさわれるチャンスがある。

さわれる縄文土器

ガラスケース越しに眺めても魅了される独特なフォルムに、まさかさわれる日が来るとは...というドキドキの瞬間。縄文土器にフォーカスした展示テーマを含む「コレクションズ・ラリー 愛知県美術館・愛知県陶磁美術館 共同企画」と合わせて訪れ、思考を巡らせてみては。

さわる01

「資料は大切な財産であり、丁寧に扱うもの」という意識で、全身を虫眼鏡にして、いろいろな部分をさわり、資料と向き合う。


さわる02

装飾性豊かで個性的な文様や造形、背景に「なぜ?」を繰り返してイメージし、周りの人と意見交換するのも面白い。

南山大学 黒澤教授

比喩的に言えば、これを持つことで縄文時代の人と握手したわけです。最近では、さわること自体にヒーリング効果があると言われています。普段は見られない底にも注目してください。

「南山大学の人類学・考古学研究」では、20世紀に収集されたパプアニューギニアの民族誌資料や、名古屋市熱田区の高蔵(たかくら)遺跡や瑞穂区の瑞穂遺跡などから発掘された弥生土器も。手に取って縄文土器との違いを比べてみると、歴史の教科書では教えてくれない新たな発見があるだろう。


名古屋から他地域へ広まった弥生土器は、
優美なかたちと文様、赤彩から
パレススタイル土器と呼ばれる。

「南山に託す」は、他機関からの寄贈による所蔵品コレクション。言語学・文化人類学者でもある故・西江雅之氏がアフリカ、ニューギニア、アメリカ、アジアなどの世界各地を旅して蒐集(しゅうしゅう)した資料群は、黒澤教授曰く「何だかわからないけれど面白いものがいっぱいあるぞというごちゃ混ぜ感」にもワクワクする。

タイのリス族の女性用背飾りは
華やかな銀製で、なかなかの重厚感。

昭和30〜40年代の暮らしの品々が並ぶ「昭和のカタログ」までバリエーションに富んだ展示が続く。もののかたち、質感、重さ、温度など、多種多様な対象にさわることによって感覚をひらき、その先の世界にも想像を膨らませてくれる。

膨大な数の資料を保管する
バックヤードの収蔵庫も見える造り。

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