LIFE IS ART | interview
100年前から現在へ
女性美術家の語られ方と生き方と
谷澤紗和子
切り紙や陶芸を手がけてきた谷澤紗和子。
自分と通じる紙絵作品を制作していた女性美術家、高村智恵子との出会いをきっかけに、
彼女自身の表現が大きく展開していった。
聞き手/愛知県美術館 学芸員 中村史子 撮影/千葉亜津子
谷澤紗和子 Sawako Tanizawa
1982年大阪府生まれ。2007年京都市立芸術大学大学院修士課程修了。令和2年度京都市芸術新人賞受賞。22年VOCA佳作賞入賞。切り紙、陶芸を主に手がけ、多数のグループ展に参加するほか、小説家・藤野可織との共作も注目を集めている。
《はいけい ちえこ さま ―太陽―》2021年
《はいけい ちえこ さま ―柘榴―》2021年
《はいけい ちえこ さま ―NO―》2021年
谷澤紗和子と高村智恵子との出会いと違和感とは──
中村(以下、中) 今回、愛知県美術館は谷澤紗和子さんの作品「はいけい ちえこ さま」シリーズを新たに収蔵しました。このシリーズのモチーフになっているのは、高村智恵子という明治生まれの美術家で、谷澤さんとはちょうど100年くらい離れています。なぜ、谷澤さんが高村智恵子をモチーフに作品を作るようになったのか、その理由から教えてください。
谷澤紗和子(以下、谷) 私は大学を出た後、主に陶芸や切り紙で作品を制作していました。それで、世界中の切り紙について調べているうちに、自分と同じように紙を切って作品を作っていた女性作家、高村智恵子の存在を知りました。高村智恵子は病気で長らく入院し、病床で切り紙のような作品を手がけていたのです。
ただ、高村智恵子について調べようとすると、どうしても彼女のパートナーであり、著名な彫刻家・文筆家である高村光太郎の言葉が出てきて、それに違和感も覚えました。
中 違和感とはどういうことでしょうか。
谷 智恵子について知りたいのに、智恵子に関する書籍の半分近くがパートナーの光太郎の言葉や彼の半生で占められていたりして…。光太郎の視点や言葉を通してしか智恵子の姿が現れないことに違和感を覚えました。私だったらこんな語られ方は嫌だなと。光太郎から見た智恵子像と、実際の智恵子像は違うのではないか。パートナーの光太郎を介さなくても、彼女自身を描き出せるのではないかと思いました。
中 光太郎の言葉からは、智恵子は病床で切り紙をする儚くピュアな女性という印象を受けます。それも間違っていないのかもしれないけれども、それ以外の側面もあるはずということですね。
谷 実際、智恵子の作品をよく見ると、画家としての造形力が発揮されていることがわかります。彼女は、大学で油彩画を学んだ当時数少ない女性美術家の一人で、作品もアカデミックな美術の技法や知識に基づいています。
作品に込められたいくつもの意味と思い──
中 「はいけい ちえこ さま」シリーズは、高村智恵子の作品を元にしつつ、そこに谷澤さんがさまざまな視点を盛り込んで作られています。
谷 はい。例えば《はいけい ちえこ さま ―太陽―》は、智恵子の作った作品と、童話作家アンデルセンの作った太陽の切り絵の形を参考にしています。また、平塚らいてうの「元始、女性は太陽であった」という言葉も関係しています。実際、智恵子はらいてうが作った婦人雑誌『青鞜』の表紙に絵を寄せるなど交流があったようです。
中 作品の中央にある顔は口を開けています。この部分は谷澤さんのオリジナルですね。
谷 この顔は、智恵子自身の声が聞きたい、語ってほしい、という気持ちを込めて作りました。
中 《はいけい ちえこ さま ―柘榴―》も、智恵子が作った柘榴(ザクロ)の作品が元になっていて、そこに谷澤さん自身の言葉が重ねられています。
谷 柘榴は、高村光太郎・智恵子夫妻の両方がそれぞれ作品にしたモチーフです。智恵子は紙で、光太郎は木彫で柘榴を制作しています。智恵子は光太郎が木で彫った柘榴をすごく大事にして抱えていたというエピソードも残っています。
そんな柘榴の上に、私から智恵子さんに宛てた言葉を手紙のような形で重ねています。
中 このメッセージは《はいけい ちえこ さま ―土産―》にも登場しています。
谷 智恵子の作品の中に、千疋屋の包装紙を使ったものがあります。千疋屋の包装紙にはロゴが書かれていて、こんな文字入りの紙も智恵子は作品にしていたなら私も言葉を入れようと、私からのメッセージを重ねるアイデアが浮かびました。
中 谷澤さんから智恵子にあてたメッセージが、《はいけい ちえこ さま ―柘榴―》では切り紙、《はいけい ちえこ さま ―土産―》では転写と、手法を変えつつ反復されているのも面白いです。
着想の元となった柘榴の作品。『アルバム 高村智恵子』(北川太一編集、二本松市教育委員会出版、1990年)に掲載。
主流からはずれたものから、
王道とされてきたものを問い直したい──
中 「NO」は谷澤さんオリジナルのモチーフですね。
谷 「NO」と言いたいのに言いづらいという経験を私自身が重ねる中で、社会的に弱い立場に置かれている人たちに必要なのは「NO」と言えることではないかなと考えました。弱い立場の人ほど「NO」と言う機会が奪われがちなためです。そのため、「NO」は自分の声や力を発するポジティブな言葉だと考えています。
また、オノ・ヨーコの「YES」という言葉の作品があるので、それなら私は「NO」でいこうという意図もあります。
中 谷澤さんの「NO」は美術作品であると同時に社会的アクションという側面もありますね。これから美術館で谷澤さんの作品を見る方々に対して、こう見てほしいなど、願っていることはありますか。
谷 油彩画や彫刻と比べると、切り紙は誰でも簡単に作れます。折り紙などを切って遊んだ経験は多くの人が持っているはず。この身近な手法が、いろいろなことを考えるきっかけになればと思います。切り紙という美術の王道から少しはずれた技法を私は使っていますが、主流ではない技法、つまりマイノリティの技法から、王道、メインとされてきたものを問い直すことができればと考えています。
また、女性の表現者をメンター(助言者、キャリアの手本となる人)に制作をしていきたいです。これまで私が教わってきたのはほとんど男性の先生でした。そのため、高村智恵子のようにすでに亡くなった人も含め、彼女たちがどのように美術家として活動してきたのかから、学べることはまだまだ多くあります。
「NO」の文字を繊細に切り込んだ紙片。ここから作品ができあがっていく。