美術館50年の歩み
今はなき愛知県文化会館美術館のロビーに、4体のブロンズ彫刻が大理石の柱を背にして
立っていたことを覚えている人も多いだろう。フランスの彫刻家エミール=アントワーヌ
・ブールデルの〈力〉〈自由〉〈勝利〉〈雄弁〉である。これら4体の彫刻は、
1913年から10年を費やして完成した《アルベアル将軍の記念碑》の一部を成す作品で、
アルゼンチンのアルベアル将軍(1789-1853)の行為と素質を擬人化したものである。
記念碑ではこれら4体の彫刻は〈アルベアル将軍騎馬像〉のまわりに配されている。
これと同じ4体の彫像が1959(昭和34)年に文化会館美術館のロビーに設置されてから、
文化会館が閉館する1992(平成4)年まで、それらの彫刻は30数年にわたり愛知県美術館の顔として、
つねに来観者の目に触れられていた。文化会館美術館の総入場者数が約2800万人だから、
少なくみても百万単位の人がこの作品を目にしているだろう。
ではこれらの彫刻はいかにして美術館のコレクションとなったのだろうか。
まず、名古屋でブールデルの遺作展を開催したことのある画商が、当時の桑原幹根県知事に
県として購入しないかと申入れた。知事はそれ以前の1953(昭和28)年頃、アルゼンチンの
ブエノスアイレスの公園で同じ4体の作品を見て強く感銘していたので、
愛知県としてそれらを購入したいと考えた。県会の委員会に知事が相談したところ、
一体150万円、4体で600万円という大金を出して外国の彫刻を買い入れる必要はないだろう
という結論であった。大卒の初任給が1万4千円の時代である。しかし知事はこの4体の
作品の魅力に引き付けられていたので、なんとしても県で買入れたいと考えた。
結局、県予算の予備費を使って1959年から4年の分割払いで購入した。
開館期は適当な作品があれば随時購入するような時代であった。
そんな状況の中で購入されたのがこれらの彫刻である。桑原氏は後にこう回想している。
「とにかく思い切って、買って置いてよかったと、今にしてつくづく思うのである。
その当時の貨幣価値と、現在のそれとを比較して、利害損得を言うのではないが、
あの際思い切って買って置いてよかったと言っても、あながち見当違いのことではないと思う。
愛知県文化会館を、世界のどこから誰が訪れて来ても、一応は目を見張ることであろうと、
私は自負しているのである」(『愛知県文化会館二十年の歩み』愛知県文化会館、昭和50年)。
愛知県文化会館は、戦後復興の中でこの地域のアイデンティティーの拠り所としての
役割も託されていた。そうした時代背景を考えると、美術館ロビーに置かれた「力」「自由」
「勇気」「雄弁」の擬人像は、その題名から想像されるように、復興期の地域住民への強い
メッセージをもっていたのではなかろうか。
上記の一例からいえるのは、コレクションを築き上げていくためには強力な
リーダーシップが必要な時もあるということ、また美術館に収蔵されている一点一点の
作品には歴史が刻まれているということである。今回の展覧会に展示されている作品は、
いったいどのような時代背景のなかで、またどのような経緯で愛知県美術館に入って
きたのだろうか。さらにそれらの作品は、これから先どのような歴史を刻んでいく
のであろうか。
(H.F)
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