事業団の10年を振り返る

 愛知芸術文化センター(以下芸文センター)の開館は、日本のオペラ・クラシック界にとって、一種エポック・メーキング的な出来事。それは、西洋舞台芸術の東京一極集中を崩壊させるという意気込みを中部地域が声高に全国に提示した瞬間であったから。今でもクラシック&オペラ・ファンたちの間で語り草となっている、開館記念のオペラ・コンサートの華々しさは、単にそれだけに留まるものではない。猿之助演出の画期的な『影のない女』日本初演とともに、芸文センターの目玉施設の大ホールが、我が国初のオペラ・ハウス誕生を意味することを世界へ向けた文化的メッセージとして発信したからである。片やコンサート・ホールには、世界的規模の大オルガンが設置された。こうして、大ホールの「オペラ仕様」とコンサートホールの「大オルガン」、両者に共通の「優れた音響及び豪華な客席空間」という、中部地域初の「諸特性」を生かしたオペラとクラシック・コンサートを自主公演の柱としてスタートさせた。
 当初、事業団オペラ事業の基本的ラインナップは、@3〜4年毎の海外の有名歌劇場招聘(上記『影のない女』はドイツを代表するバイエルン国立歌劇場の制作)、A一流の日本人キャスト・スタッフによるプロデュースオペラ(来春の『仮面舞踏会』もこの一例)、B小澤征爾のヘネシー・オペラ・シリーズ、C日生劇場と共催、高校生のためのオペラ教室、D地元オペラ団体への助成による公演支援事業という、地域のオペラ文化の振興を目指して、様々なレベルからカヴァーするバランスのとれた《構成》であった。
 これら一連の公演は、この10年間の地方財政窮乏の深刻化に伴い、その事業展開も圧縮を余儀なくされた。けれどもローマ歌劇場の単独招聘という我が国のオペラ上演史上特筆すべき公演が実現し、びわ湖ホールのプロデュースオペラといった、画期的なオペラ公演への《先駆的》事業として位置付けられる公演も開催。また、「オペラ教室」では、地元での人材育成を視野に入れたキャストオーディションを毎年実施し、ここから巣立った人材が、東京その他で活躍するという《果実》を実らせている。
 さて、2年がかりでプロデュースする、来秋のヴェルディ『椿姫』公演は、主要キャストを公募オーディションで選び、実力派オペラ指揮者児玉宏と気鋭の演出家粟國淳のコンビが、情熱を傾けて取り組む、原語による本格的上演。自主制作・人材育成・質の高い公演によるオペラ観客層の拡充をポリシーとした、地域におけるオペラ文化の振興にふさわしい事業である。
 一方コンサートホールでは、大オルガンを活用してというポリシーを踏まえ、まずはオルガン・コンサート・シリーズを開催した。海外の名だたる実力派外国人オルガニストや海外でも評価を受けて活動している日本人オルガニストを起用しつつ、その後、他の楽器とのアンサンブルや地元のAC合唱団との共演等の企画性溢れるコンサートを開催し、好評を得た。また、音響特性を生かしたレベルの高いコンサートやNHK交響楽団の定期演奏会も毎年開催している。
 オルガンをはじめ、クラシック・コンサートの聴衆層の拡充が叫ばれ始めたことに同調し、クラシック・コンサートに気軽に足を運んでもらうという目的で、週末の午後、お手頃な料金でのコンサート・シリーズ『音楽への扉』を立ち上げた。各回にオルガンを含むクラシックの様々なジャンルで活躍する実力派の演奏家を起用、簡単なお話を交えながら、できるだけ気楽にいろいろな音楽を聴く機会を提供した。4年目を迎えた今シーズンは、「オペラ」を取上げたシリーズにリニューアル。過去3年間の成果とも言える、熱心な聴衆が、出演者と一体になって演奏会の雰囲気を作り上げ、より良いコンサート環境が生まれつつある。
 演劇事業は、1992年10月、芸文センターの開館に合わせて「愛知県芸術劇場オープニング演劇祭」を開催、東京、地元で活躍する8劇団の競演と多彩なゲストを迎えてのトークショウなど話題性もあり、上々のスタートを切った。
 その後、年度ごとに世相などを意識したテーマを設定し、海外演劇、国内演劇、プロデュース公演、古典演劇、また、俳優と指導者を対象としたワークショップ、演劇の楽しさを伝えることにより、観客層を拡大することを主な目的としたレクチャーなどを、バランスを考慮しながらラインナップしてきた。
 海外演劇では世界有数の名門劇団RSC(ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー)の『ロミオとジュリエット』(1998年6月)、国内演劇では、tptプロデュース『橋からの眺め』(1999年6月)が堤真一、久世星佳らの人気スターの出演もあり特に話題となった。
 プロデュース公演では、はせひろいちを作・演出に起用した『バクスター氏の実験』(1996年10月)が、後に東京、長久手、大阪で再演されるほどの秀作となった。
 古典演劇では、ブラックシアター狂言『こぶとり』(1996年2月)が、北村想の新作狂言脚本の書き下ろし、茂山千作、野村万作ら狂言界の名手たちの異流共演で幅広いファンの注目を集め、その反響の大きさに応えて、1998年に細部を練り直して再演し、さらなる好評を得ることができた。
 こうした事業を行ってきた後、新しい企画として、愛知からの文化の発信などを目的に、「AAF(Aichi Arts Foundation/愛知県文化振興事業団の略称)戯曲賞」を立ち上げて、上演戯曲の募集を開始。第1回の優秀賞、半澤寧子作『大熊猫(パンダ)中毒』を天野天街の演出により、また第2回の優秀賞、永山智行作『so bad year』を齋藤敏明の演出でプロデュース上演し、いずれも好評を博した。両公演ともキャストオーディションにより劇団の枠を越え、新しい出会いの場を提供することもできた。
 さらに、演劇界の活性化と質の高い舞台の鑑賞機会の提供などを目的に「愛知県芸術劇場演劇フェスティバル」を同時にスタートし、団体の募集も開始した。第1回に参加した燐光群、劇団クセックACT、少年ボーイズ、おことえYA!、第2回の劇団太陽族、名古屋シアター・アーツ、劇団ジャブジャブサーキット、劇団B級遊撃隊が、設定したテーマに沿って競演する醍醐味を存分に見せた。
 さらに、今年度の芸文センター開館10周年を記念して、北村想に劇作を委嘱し、はせひろいちの演出により『おとぎ想子-古(いにしへ)びとのみた夢は-』を開催予定(2003年2月27日〜3月2日)である。
 この公演を事業団の10年の演劇活動のひとつの区切りとして、「演劇」を文化振興のツールのひとつと考え、それに関わる方のさらなる人口の拡大と普及を図っていきたいと考えている。

【 J.N., A.T.】

(左)第1回AAF戯曲賞優秀賞受賞作
  「大熊猫(パンダ)中毒」
(中)歌劇「ルイーザ・ミラー」
(右)オルガンNo.13

Photo : Toyohiko Yasui
Photo : Makoto Ii
Photo : Kosaku Nakagawa