愛知芸術文化センター
オリジナル映像10年の軌跡
10-YEAR ARCHIVES OF AAC ORIGINAL FILMS

 オリジナル映像作品の最新作『眠る右手を』は、親子、夫婦、ゲイ・カップルなどの人間関係の破綻と再生の可能性を通して、家族の絆やコミュニケーションといった今日の社会に見られる歪みに焦点を与えている。約3時間半に及ぶ長尺にもかかわらず、コマ撮り、多重露光、スクラッチ、音声やノイズなどの多重化といった映像や音の処理による時空の誇張や変容を伴いながら、そのエネルギーは圧倒的な印象を与えずにはおかない。
 この物語の全編に散りばめられているのが、身体的な欠損。右手が動かなくなった画家のシン、画鋲を身体に張りつける失語症に罹った息子のコウ、ヒステリーから虚脱状態に陥った妻のケイ、あるいは聾唖のサチなど。白川幸司監督は、初期作品の『意識さえずり』(1997)や『ヒダリ調教』(1999)など、個人的なオプセッションを身体的なそれに置き換えて表現してきており、今回も精神的な抑圧や不安定さが身体にもたらす傷痕を象徴的なモチーフとして描いている。
 この愛知芸術文化センターのオリジナル映像作品は、「身体」をテーマに、毎年一人の作家を選んで制作委嘱する形で出発した。『眠る右手を』はその第11作目に当たる。もっとも「身体」は、今日の芸術や思想などで高い関心を呼んでいるとはいえ、多様な解釈が可能であり、その映像表現はさまざまな表情と広がりを持っている。実際、これまでの10年間のオリジナル作品を見ても、映像作家の個性に応じて、実に豊かでユニークな「身体」が描かれてきた。
 たとえば、勅使川原三郎の『T-CITY』やダニエル・シュミットの『KAZUO OHNO』におけるダンス、キドラット・タヒミックの『フィリピンふんどし 日本の夏』や大木裕之の『3+1』に見られるパフォーミング・アート、前田真二郎の『王様の子供』の寓意的なドラマ、園子温の『うつしみ』に見られるドキュメンタリー、石田尚志の『フーガの技法』のアニメーションといった具合に、身体表現はジャンルを超えて、多岐にわたる広がりを見せている。
 しかも、天野天街の『トワイライツ』や和田淳子の『ボディドロップアスファルト』が海外の映画祭で受賞するなど、オリジナル映像作品は国内外で高い評価を受けている。こうした評価は、一方で「身体」の映像表現という理念的な意味であるが、他方では若い映像作家にチャンスを与えるという教育的な意味でもある。そのため、オリジナル映像作品に対して実験精神の旺盛な若い人々の関心は高く、とくにこの数年は若い才能の登竜門のような感すらある。
 白川幸司もそうした一人であり、『眠る右手を』が彼の作品の流れに転換点をなす作品になったことは確かである。映像表現が新たな時代に向けた大きな変化を迎えている今日、愛知芸術文化センターのオリジナル映像作品が開館以来10年にわたって果たした先駆的な役割はきわめて大きいし、今後も若い映像作家に大きな影響を与え続けることだろう。

村山匡一郎(映画研究家)