中西夏之展
広さと近さ-絵の姿形
Natsuyuki Nakanishi Exhibition : Extent and Nearness - Form of a Painting

 「絵の姿形(すがた)」とは何だろうか? 中西夏之(1935年東京生まれ)の造語であるこの言葉は、キャンヴァス上に描かれた個々の絵の様相のみではなく、絵という平面がこの世界の中で垂直に立っているありさまを指している。中西の絵画追求は、この平面の形が意味するものを問い直し、絵が発生する場所について考察するところから始まっている。
 1969年から71年にかけて制作された10点の油彩連作《山頂の石蹴り》のタイトルは、絵の内容というよりも、作られた場所と画家の所作のイメージを示している。実際に描かれた場所は台地にある作業場だが、日常的な圏域から絵画を遠ざけようとした中西は、尖った高い山頂の猫の額ほどの所を想定した。この連作の画面は「二つの正三角形に支えられたハート」という図形を土台とし、兎や魚、二つ並んだリンゴ、鏡、落日の海、画面を踏む画家の足跡など謎めいた多数のモチーフと、虹のような色彩、素速く交錯する筆のタッチ、まだ柔らかい絵の具を扇形にのばす技法など、さまざまな試みが盛り込まれている。そして中西は図形に従っての作業に石蹴り遊びを連想したのであった。中西の想像では蹴られた石は谷間へ落下せず、架空の水平面を滑って遠い山々の向こうへ届いていくという。中西にとって、絵を描く立脚点である水平面の想定は極めて重要な問題であり、彼は自然界にある水面などよりも確固とした水平面を常に求め想像している。
 絵の四角い形については「プラトンの円筒」という言葉で説明される。プラトンは、われわれが見ている世界は洞窟の壁に映った幻影に過ぎないとした。中西は洞窟を単純化した円筒を背中側から縦に切り開いた平面が絵画だといい、絵の左右の辺は無限の遠くに中心を持つ巨大な円弧の一部だと想定している。1980年頃から用いている長い柄の筆は、単に大きな画面を離れて見るためのものではなく、無限遠から「遠隔操作」で絵を発生させるという意識のあらわれなのである。アトリエの床に立ちながら、中西の足裏は想像の水平面に浮き上がっている。大きな画布に向かう前に床の小さなキャンヴァスボードに筆で触れるのは、ゆっくりと降下してきた画家が、紫の作用する場を確かめる所作である。
 中西の作品は、現代絵画が達成した一つの高みを示すものと評価されている。中西の絵画全体を初めて見渡す今回の展覧会では、最新作をアトリエでのようにイーゼルに乗せての展示や、インスタレーション的な作品の設置も行われている。絵画の豊かさを存分にご覧いただくとともに、「絵の姿形」をご想像されたい。

【 T.M.】

2002年12月20日(金)  2003年2月23日(日)
愛知県美術館[愛知芸術文化センター10階]
午前10時〜午後6時 金曜日は午後8時まで(入館は閉館30分前まで)
休館日=毎週月曜日[ただし12月23日(月・祝)と1月13日(月・祝)は開館し各翌日が休館。また、12月28日(土)から1月3日(金)は年末年始休館]
観覧料=一般1,000円(800円) 高校・大学生700円(500円) 小・中学生400円(200円)
*( )内は前売りおよび20名以上の団体料金 *身体等に障害のある方とその付き添いの方には割引制度があります。

《山頂の石蹴り No.3》1970年 油彩、画布 財団法人セゾン現代美術館