「身体」をテーマとした愛知芸術文化センターオリジナル映像作品最新作が完成。シリーズとしては初めての抽象アニメーション作品です。2001年12月6日(木)〜16日(日)アートスペースAで開催される「第6回アートフィルム・フェスティバル」でプレミエ上映が行われます。

ポリフォニックな抽象映画

 固定された平面の芸術である絵画にとって、時間を表現することはきわめて困難である。かつて多くの画家たちがこの困難な試みに挑戦してきた。ダダイズムの画家であるハンス・リヒターもこの試みに挑んだひとりである。リヒターは最初、細長い画面に抽象的な形態を描くことで、時間的な展開を表現しようとした。そのうちに彼は、抽象的な図像を映画のカメラで撮影し、絵画そのものに動きを与えることを思いつく。そして完成したのが『リズム21』(1921)という作品だった。抽象映画の歴史はここからはじまる。 『リズム21』というタイトルからもわかるように、リヒターは音楽であることを志向している。彼にとって抽象映画は、音楽と同じように時間的な展開をもつ絵画であった。しかし、この作品はサイレントであり、無音のなかで形態が動いているにすぎない。やや遅れて抽象映画をはじめたオスカー・フィッシンガーは、1920年代の終わり頃、動いている抽象的な図形とサウンドトラックを一致させることに成功する。ここにおいて、絵画と音楽は完全に一体化した。

 石田尚志の『フーガの技法』は、バッハの「フーガの技法」をもとに制作された抽象映画である。もともと絵画から出発した石田は、リヒターと同じように音楽的なものへの欲求から抽象映画を制作するようになった。そして、フィッシンガーと同様に、描かれた形態と音楽を完全にシンクロさせている。明らかに石田は、リヒターやフィッシンガーといった抽象映画の先駆者たちの直系にある。

 しかし石田の目的は、単に絵と音を一致させることにあるのではない。彼は、複雑な構造をもつバッハの楽譜を独自に解読し、この音楽を厳密に視覚化しようとする。もともと「フーガの技法」は、晩年のバッハがポリフォニーの極限を追求した曲である。しかしまた、多くの謎に包まれた未完成の作品であり、楽器の指定もなされていない。石田の『フーガの技法』は、楽器ではなく絵画によってバッハのスコアを演奏する実験であり、未完のまま残されたこの曲を新たな解釈のもとに完成させる試みである。

 バッハの音楽を特徴づけるポリフォニーとは、複数の旋律が対立し競い合いながら、新たな展開をつくりだすことをいう。石田の作品においても、個々の抽象的な形態は互いに対立しながら多様な展開をつくりだしている。ここでは、単に楽譜の進行が図像化されているだけでなく、フーガの思想そのものが視覚化されている。なぜなら、バッハの音楽と同様に、多元的な関係を独自に産出する生成的なシステムが形成されているからだ。さらに、この両面上の絵画的な対位法は、音楽による対位法とぶつかりあう。このとき、視覚的なものと聴覚的なものは対立しながら統一されるのであり、両者のあいだにもポリフォニックな関係が結ばれている。このように石田の作品は、さまざまな対立をみずからつくりだしながら、より高度な多元性を導きだしている。

西村智弘(美術評論家)