「きくこと」のさらなる冒険のために
1月19日愛知県芸術劇場小ホールにて「特集公演:音楽の実験─アメリカと日本」が開かれた。60年代以来、今日まで活躍する「ベテラン」と、いまもっとも注目される若手アーティストの共演によるコンサートは、「音」をめぐる実験がなによりも、さまざまな思考の冒険、きくことの冒険であることをあらためて示したイベントだった。
二部構成の公演は、まず刀根康尚作の「Molecular Music」で幕をあけた。フィルム上映によるこのパフォーマンスでは、甲骨卜文、古代中国と日本の詩を視覚的な画像にしたものが、七つの光センサーが取り付けられたスクリーンに映し出され、発振器をとおして音へと変換される。漢字のインターメディア的要素(音、形、意味)を利用し、文字→画像→音という変換構造のプロセスのみが視聴覚化されている点でこの作品は、いわば概念音楽であるが、一定の抑揚で変化するイメージの連鎖は、ヒプノティックに視覚を刺激し、物質的で激しいノイズ音は聴覚への衝撃でもあった。
つづいて、「不確定性の音楽」として知られるクリスチャン・ウルフ作「For Pianist」が高橋悠治により演奏された。
曲の進行が演奏以前に完結されているのではなく、喩えて言えば、楽譜が「地図」としてあり、それをもとに奏者は自分でコースを決め、躓いたり、道を間違えたり、迷ったりしながら歩く、そのプロセスが作品としてあらわれるような「一片の音楽」である。高橋は、この作品を一定の作業を遂行するかのような身振りで演奏した。ピアノを弾くことも含めた演奏中のアクションすべてが、また音と沈黙とが、等価なものとしてあらわれる。引き続き、床に座りながらのキーボードによる自作「Bridges」の演奏では、いくぶん対照的に、どことなくメランコリックなメロディーを奏でる一方で、小杉武久による鋭い打楽器が間の手のように鳴り、シンセの持続低音が響く。ゆらゆらと終わるかと思った瞬間、打楽器が突然壊れ、そのアクシデントに瞬時に反応した小杉により、「叩く」しぐさのみがむき出しになったかに見えた"ハプニング"もあった。
休憩に続いて二部は小杉武久作による「Catch Wave '68」で再開した。小杉と和泉希洋志による演奏は、ターンテーブルや自転車に取り付けられた高周波数発振器と小型ラジオ受信機を使い、その間で起る電波の干渉=ビートの発生を楽しむ「音の釣り」である。当たりをつけるかのように、ターンテーブルをまわしたり、自転車をこいだり、演奏者たちは、「待つ」という名付けがたい受動的行為をひきうけながらの演奏である。また、聴衆の存在すら電波による「釣り」という空間性に影響を与えていた点では、プロセスそのものを作品として聴く=見る=演奏する体験であったと言えるだろう。「Catch
Wave '68」の演奏が終わると、ヨシダ・ミノル製作の「Synthesizer Jacket」を着用したヤマタカEYEが登場し、胸部に取り付けられた"シンセサイザー"を劇的な効果を周到にさけながらの演奏を披露し、会場を湧かせた。
そして最後に、小杉、和泉、ヤマタカによりデイヴィッド・チュードアの代表作「Rainforest I」が演奏された。舞台上には、演奏者3人が各自持ち寄ったさまざまなオブジェ(ドラム缶、バケツ、CDラック、スキー用スティック等)が吊られており、それぞれにはコンタクト・スピーカーとマイクが取り付けれられている。かたちや材質の異なるオブジェは、共鳴体として多種多様な音を響かせる。ホールという場での演奏にもかかわらず、聴衆は、会場の四方に設置されたスピーカーが放つ動物の鳴き声にも似た、エレクトロニックな奇声音の森に浸りながら公演の幕は閉じた。また、開演前インスタレーション形式で、会場で流れていた藤本由紀夫によるラ・モンテ・ヤングの「Composition
1960 #7」が、スピーカー付小型キーボードから微弱の持続音を出し、それをマイクで拾うというミニマルな装置のセッティングだがマキシマムな音響空間を作っていたのも印象的だった。
音楽において実験的であるということは、新しい方法論や概念の創造であったり、すでに自明となっているものの感じ方や聴き方や見方への批評であったりする。画一化された音の体験が商業的に拡大され進行している反面、「音=音楽」そのものにたいする興味は別の次元で高まるいっぽうである。そしてほかの芸術以上に「音楽」をつうじてこれからさまざまな議論や言説が展開することを願う聴衆にとって、今回のコンサートは、今後の音楽を考える上での貴重なヒントとなったにちがいない。
桜本有三(『MUSIC』編集発行者)
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2001年1月19日(金)
愛知県芸術劇場小ホール(愛知芸術文化センター地下1階)
出演 : 和泉希洋志、小杉武久、高橋悠治、刀根康尚、ヤマタカEYE
音響技術 : 藤本由紀夫
<関連イベント>
現代音楽家シリーズ第6回 刀根康尚講演会
2001年1月18日(木)
アートスペースA(愛知芸術文化センター12階)
ニューヨークを拠点として音楽活動を続けている作曲家、刀根康尚を迎えた。音楽や映像も交えながらの約1時間半の講演会は、現代音楽家の思考や言葉に触れる貴重な場となった。
写真:高嶋清俊
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