20世紀を編集する──アメリカの芸術と日本
マス〈mass〉の概念を背景として形成された
20世紀のアメリカ文化。
産業構造の変化、大衆消費社会の成熟、そして情報化時代への急激な加速。
そこにはまた、既存の秩序や規範に対してアンチテーゼを掲げる、
ヒッピーに代表されるような独自の文化や価値観が萌していた--
「20世紀を編集する-アメリカの芸術と日本-」と題して、
日本での芸術の展開にも多大な影響をもたらした
今世紀のアメリカの芸術に光を当て、
映像・ダンス・音楽など、各分野からの多角的なアプローチを試みます。
●第5回アートフィルム・フェスティバル
2000年10月26日(木)−11月5日(日)
1960年代末から70年代初に世界的なブームとなり、今日の映像表現にも多大な影響を及ぼしているアメリカ実験映画の回顧をメイン・テーマにプログラムを構成。
●ジョナス・メカス写真&上映展 「this side of paradise」
12月5日(火)−17日(日)
1960年代末から70年代初にかけ、ジョナス・メカスは、ジョン・F・ケネディ未亡人のジャッキーに請われ、息子たちに映画を手ほどきする教師となった。20世紀の秘められた邂逅を、メカス自身がとらえた映像で綴る。
● フォーラム・イベント「未完成交響曲名古屋組曲」
12月8日(金)
オープン・スペースを舞台に、音楽とダンスが融合したユニークなコラボレーション。フィナーレは一般から募集した参加者も加わり、吹き抜け空間を音とダンスで埋め尽くす。
● 〈現代音楽家シリーズ6〉刀根康尚講演会
2001年1月18日(木)
ニューヨークに在住し、CD盤面を加工し傷が生み出すディストーション(ひずみ)による作品など、独自の作曲・演奏活動を続ける音楽家、刀根康尚氏を招聘。
● 特集公演:音楽の実験--アメリカと日本
1月19日(金)
不確定性、イヴェント、インターメディア、ライヴ・エレクトロニクス、ミニマルと続くアメリカ実験音楽と、従来の音楽の枠組みを越えた日本人音楽家の作品のコンサート。
● イベントークPart9
1月23日(火)・24日(水)
文化情報センターが開館以来継続している、「身体」をメイン・テーマとしたオリジナル企画。
● ダンス・ワークショップ
ケイ・タケイ:1月25日(木)−27日(土)
アマンダ・ミラー:2月27日(火)・28日(水)
アメリカを拠点に活動し、高い評価を得た日本人舞踊家ケイ・タケイと、ドイツ在住のアメリカ人振付家アマンダ・ミラー。それぞれを講師に迎えてのワークショップ。
● アメリカン・ダンス映像フェスティバル
2月2日(金)−4日(日)
モダンダンスの母と呼ばれるイサドラ・ダンカンをはじめ、20世紀初頭にアメリカで生まれたモダンダンスの歴史を映像で振り返る。アメリカのダンスが全盛期を迎えた1920─60年代の作品を中心に上映。
※やむを得ない事情により、日程、内容等の変更を行う場合があります。あらかじめご了承ください。
《問い合わせ先》 愛知県文化情報センター TEL. 052-971-5511
デパートのショーウィンドウに、絞り染めの入ったTシャツと継ぎ接ぎだらけのGパンが展示されていた。街中を闊歩するヒッピーのファッションを、気取った高級デパートまでが無視出来なくなったのだ。目撃したのは1967年のニューヨークである。私は当時寺山修司が主宰する劇団に在籍していて、演劇の視察のためにニューヨークを訪れたのである。初めての海外旅行で見たものがヒッピーの群れだった。おどろくというよりも何か親近感を覚えてしまった。というのは、髪の長さやGパンの穢さや汚れたサンダルは、自分達の格好と少しも変らなかったからである。
しかし、その自分達と同じような若者が、オフ・オフ・ブロードウェイでも、オフ・ブロードウェイでも、さらに何とブロードウェイでも活躍している、そのことが一番ショックであった。
ブロードウェイで上演されていたのが「ヘアー」であった。シャンデリアが天井から下がっている劇場で、生のロックバンドの演奏でヒッピー達が歌い踊る。出演者はみんな役者ではない。本当のヒッピーで、しかも台本も演出もみんな出演者自身によるものだというのである。私はその迫力に圧倒されてしまった。こういう演劇もあるんだと思った。数年後、「ヘアー」は日本でも上演した。中心となったプロデュースの人物は芸能界の人間で、主役も元アイドル歌手であった。日本では、ヒッピーは考えかたではなくファッションであったのだ。(この構図は今でも時々見受けられることだ。)
芝居は夜なので、昼間はもっぱら映画館と画廊通いであった。寺山さんはウォーホルが一番気に入ったようだった。私はジョナス・メカスの小さな小屋で観た何本かのアンダーグランド・ムービーが気になった。セリフもストーリーもない映像作品で、どうにも解釈のしようがない。面白くもなんともない。それなのにどこか心に引っ掛かるものがある。スタン・ブラッケージやトニー・コンラッドやマヤ・デレン、マイケル・スノーなど、今では少しは知られているけれど、当時はまったく知られていなかった作家達の作品であった。何か引っ掛かったのは、帰国してから分った。「ヘアー」の時とまったく同じである。こんな映画もあるんだ、という思いなのだ。作る前も後も、一切規制を感じずに思うまま行為する。そこに日本とは別の自由な表現活動の胎動を感じたのである。変化の予兆を孕ませた自由。私が体験した'67年のアメリカは、そんな自由の風が吹き荒ぶところであった。
萩原朔美(エッセイスト)
写真は、「第5回アートフィルム・フェスティバル」で上映された、スタン・ブラッケージ『DOG
STAR MAN』<完全版 >(1961-64)より |