1900年のパリで万国博覧会が開かれた。その際に開催されたフランス芸術100年展に、今回の展覧会の出品作《オワーズの谷にて》(1973-75年、 横浜美術館のみの出品)を始めとするセザンヌの作品が3点出品されていた。浅井忠、小山正太郎、黒田清輝、久米桂一郎、岡田三郎助、和田英作、満谷国四郎といった明治時代を代表する画家たちがこの展覧会を見たと思われるが、一人としてセザンヌに注目した画家はいなかった。

 それから100年後の2000年。実際には20世紀最期の年であるが、19から20へと数字が変わり、視覚的に新しい世紀に変わったような印象を受ける。2000年とは、まさに世紀の変わり目の年、古い時代が終わり、新しい時代の幕開けを予感させる年である。このような年にセザンヌ展が開催される意義は大きい。「近代絵画の父」と呼ばれるセザンヌは、美術の分野で19世紀と20世紀の橋渡しをした画家だからである。

 1839年に南フランスのエクス=アン=プロヴァンスに生まれたセザンヌは、70年代に印象派に加わり、時代の最先端を突き進んだが、その後は世に認められないまま独自の画風を展開し続け、その作品が評価され始めるのは、1900年前後、つまり晩年になってからのことである。人間は年を取ると体力や気力が衰えるものであり、それが自然の摂理である。しかし、セザンヌの場合には、1906年に67歳で没するまで精力的に絵画の探求を続け、その晩年の絵画様式が、まさにキュビスム以降の20世紀美術へのプロローグとなったのである。ピカソがキュビスムの始まりを告げる《アヴィニョンの娘たち》(1907年、ニューヨーク近代美術館蔵)を描き始めるのは、ちょうどセザンヌが没した年である。

 この展覧会では、初期から晩年までのセザンヌ芸術の展開を、「初期絵画」「風景画」「人物画」「静物画」「水浴図」の5つのジャンルに分けて紹介する。そうすることで、セザンヌがそれぞれのジャンルでどのような作品展開をしたのか辿れるような構成になっている。

 セザンヌの芸術の全貌をできるだけ幅広く紹介するのが、この展覧会の第一の目的である。こうした展覧会は、わが国でもこれまでに1974年と1986年に開催されており、後者の展覧会は旧愛知県文化会館美術館にも巡回している。大規模なセザンヌの展覧会としては10数年ぶりでの開催であり、わが国の美術愛好家にとって長らく待たれていた展覧会の一つである。

 一方でこの展覧会には、これまでのセザンヌ展にはなかった「セザンヌと日本」という視点が盛り込まれている。国内に所蔵されているセザンヌの作品を可能な限り出品しているのも、この視点を考慮に入れているからである。明治40年代から大正期にかけて、印象派以降の西洋近代美術がわが国に紹介されていく中で、セザンヌの芸術や作品も雑誌等で紹介され、実作品も将来する。またこの時期、パリに留学する画家たちがセザンヌの作品を実見し、その影響下で作品を描く画家もいた。愛知県美術館は安井曽太郎が留学中に描いた《婦人像》(1912年頃)を所蔵している。そこには、セザンヌが自分の妻を描いた一連の作品の影響がはっきりと現れている。こうしてセザンヌは日本の美術界にも影響を及ぼしていくのである。

 セザンヌの影響を受けた日本の近代洋画は、愛知県美術館と東京国立近代美術館の所蔵作品による特集展示「日本のセザニスム」によって紹介する。セザンヌ展と併せて鑑賞することで、セザンヌの芸術のみならず、それがわが国の美術界に与えた影響までもが多角的に実感できるはずである。

【 H.F.】 

《りんごとオレンジ》1899年頃 油彩、カンヴァス 74×93cm オルセー美術館蔵、パリ(イザック・ド・カモンド伯遺贈) c Photo RMN-H. Lewandowski

《カード遊びをする人々》1893-96年 油彩、カンヴァス 47×56cm オルセー美術館蔵、パリ(イザック・ド・カモンド伯遺贈) c Photo RMN-H. Lewandowski

安井曽太郎《婦人像》1912年頃 油彩、カンヴァス
60.3×50.4cm 愛知県美術館蔵
  

セザンヌ展
Cezanne and Japan
2000年1月5日(水)−3月12日(日)
愛知県美術館[愛知芸術文化センター10階]
午前10時〜午後6時 金曜日は午後8時まで(入館は閉館30分前まで) 月曜日休館[ただし、1月10日(月)は開館、1月11日(火)は休館]
観覧料=一般1,200円(1,000円) 高校・大学生900円(700円) 小・中学生600円(400円)
*( )内は前売り、及び20名以上の団体料金 *身体等に障害のある方、および付き添いの方には割引制度があります。

記念講演会
1月15日(土) 「セザンヌ─人と芸術」
………講師:宮崎克己(石橋財団ブリヂストン美術館学芸課長)
2月5日(土) 「セザンヌと日本」
……………講師:永井隆則(京都工芸繊維大学助教授)
会場/愛知芸術文化センター12階 アートスペースA
時間/午後1時30分〜3時 *無料[要聴講券]