コンテンポラリ−・ダンスの登竜門といわれるバニョレ国際振付賞で、1998年に振付賞を受賞した元バレエ・ダンサーのユーリ・ン(中国・香港)。21世紀を目前にした現在、最も先端にいる舞踊家は何を思考し、身体とどのように向き合っているのか。その秘密を探るべく、彼の公演&トーク、ワークショップを開催。特にアジア人であるユーリ・ンのワークショップは、私たち日本人が、西洋の文化であるバレエにどのように取り組むべきかこの地域のダンサーたちに多くの示唆を与えてくれるものとなった。
ユーリ・ン・インタビュー
(司会:立木あき子、トークより抜粋)
立木●クラシックバレエのダンサーであったユーリンさんが、コンテンポラリーダンスの振付家を目指されたきっかけはどういうことだったのですか。
ユーリ・ン●他の人の振付けは、自分にとって良い経験になりました。その経験の後に、自分のからだを使ってもっと表現をしたいと思った。それは自分にとっては本当に必要なこと、必然性の結果だったと思う。
立木●振付といっても、クラシックでそれだけ鍛えられた方ですと、クラシックの振付けということではじめられるという可能性もあるわけですが、そこをあえてコンテンポラリーダンスの振付家を目指されたというのはなぜですか。
ユーリ・ン●自分として特にコンテンポラリーをやっているという意識はありませんが、バレエはテクニックとして捉えています。私自身、21世紀の人間ですから、今やっていること、それがコンテンポラリーだと思うのです。
立木●ユーリ・ンさんは香港人であるというアイデンティティ、時代が抱えている問題意識があって、それでいながら自分の手の中にある表現の手法、バレエのテクニックとか京劇の所作など、色々なものを取り入れて自分を語ることができる、つまり非常に個人的でありながら、かなり普遍的なことをいっているという、振付家としてのしたたかさを持っている方だと思う。そして作品としても非常に強度を持っている。振付をなさるときの作業としてどんなふうに創作に向かって自分を捉え、準備していくのですか。
ユーリ・ン●作品を創っていく過程は作品の一部だと思いますし、作品自身と同様に大切。私自身色々なことに疑問に思っていて、次は何をしよう、何が起こるんだろうと、常に自問しているのです。
西洋文化であるバレエを東洋人が踊ることについて
バレエは肉体的には西洋人でも同じように難しいことだと思う。完璧でありたいと思うがために、どんな人にとっても辛いこと。最近、西洋の踊りであるバレエを東洋人がやるということのギャップ、葛藤をもう少し探究していきたいと思うようになった。誰のバレエが完璧といえますか、マラーホフ(*1)ですか、ギエム(*2)ですか。それはすごく究極な美しさであり、トレーニングだけじゃなく生まれ持っての身体つきというのがある。バレエは自分の中での精神的な訓練、鍛練が重要です。クラシックバレエの型を学ぶことは大切。でもアジア人がクラシックバレエを踊るということは、西洋人が踊るのとは異なる。プロポーション、身長から…全てが同じにはなりません。でもクラシックバレエを学ぶ段階、プロセスの中で、体重の位置とか形、フォームもフォームからフォームに移る時のバランスとか、動きやからだをどうやって使うかということを学ぶことが重要。その理解度を増すことによって、自分の身体的な言葉を発展させることができると思う。
ユーリ・ンにとってのダンス
ダンスというと、肉体的に派手な動きを求める傾向がありますよね。私たちのからだが動くのは、誰かを動かせる、それは感動させる人の心かもしれない。それがダンスだと思う。動きとは、人に感動させるとか、人を動かせる要因になるもの、笑ったりとか泣いたり、感動したり。そういった感情を起こさせるもの。人を感動させたい、人の心を動かしたい、そして自分がまず動きたい。何かを見て感動したとか、心を動かされた、それがきっかけとなって始める。その延長線上に、それに誰かに一緒に立ち会い頂きたい気持ちがある。だから私は常に人と会ったりして、常に自分の中で何か感動するものと触れていたいのです。
*1 ウラジミール・マラーホフ
モスクワ・クラシック・バレエ団の男性舞踊手。クラシック作品をはじめ、様々な作品に挑戦し、若い頃からバレエ界の新星として注目を浴びている。
*2 シルヴィ・ギエム
パリ・オペラ座バレエ団出身、その後英国ロイヤル・バレエ団へ移籍。若干19歳にしてオペラ座史上最年少のエトワール昇進を成し遂げる。100年に一人のダンサーといわれている。
【採録・構成:E.K.】
●ユーリ・ン ダンス公演 『島・唄』&トーク
1999年2月8日
愛知県芸術劇場小ホール
出演:ユ−リ・ン(振付家)、立木あき子(舞踊評論家)、前田 允(舞踊評論家)
●ダンス・ワークショップ
1999年2月22日(月)〜24日(水)
愛知県芸術劇場大リハーサル室
写真/南部辰雄 |