裸足の工房with Dance
ヴォルフガング・シュタンゲ
ダンス・ワークショップ&レクチャー
「誰もが創造的に生きるために」をキャッチフレーズにした、
どなたでも参加できるワークショップ、「裸足の工房」。
今回は、障害のある方とのダンス活動に20年以上も関わってきたヴォルフガング・シュタンゲ氏が講師を務め、小学生から70代の方まで、様々なバックグランドをもつ人たちが参加して開催されました。
アートというのは、作品のためにあるのではない。
何か創ったり、やったりしたものを
人に観てもらうためのものではなくて、
自分自身がそこで生きるためのもの。
ですから人に評価されたりしない、
自分が本当にアートを味わう、
アートを経験する時間を私は創りたいと思うのです。
─ ヴォルフガング・シュタンゲ
マーゴ・フォンティーン(*1)という人は、本当に偉大なダンサーでした。60年代後半にロンドンに居た頃、私は彼女の公演をいつも欠かさず観に行って、その度に鳥肌が立ったものです。そのころ、私は精神障害の人の施設で働きはじめていました。ある日、クラスが終わった後、ジェーンというダウン症の女の子が、マントみたいな、長い、黒い上着をふっと肩に掛けていたので、彼女に「踊りたい?」って声をかけたんです。ジェーンは「うん」って答えました。それで、私はベートーベンの第九交響曲のゆっくりしたところをかけたんです。するとジェーンは、肩にマントをかけてただ歩いたんですね。そして、そのマントをふわーっと広げてくるっと回って。何も教えなかったのに、こんな風に音楽に合わせて。
彼女の顔は、本当に純粋で、美しかった。そのとき、また鳥肌が立ったんです。涙が出てきました。それはフォンティーンの踊りを観たときと同じ感動でした。その体験は私を完璧に打ちのめしました。ダンサーでも、アーティストでもない人が、どうやって、あの美しいフォンティーンと同じ反応を私に引きおこしたのか。私は考え、そしてとうとう、彼女たちは、ふたりとも、その瞬間、本当の自分自身に近づいたんだ、その時、本当の自分自身だったんだ、ということに気づいたのです。
フォンティーンは、クラシック・バレエが課してくるいろんな制限、枠というものを、自分の力で打ち破って、彼女が彼女自身であることを見せてくれた。ジェーンもまた、彼女の障害や制限を突破して、本当の自分自身を見つけた。見せてくれたものは、フォンティーンも、ジェーンも同じだったのです。そういう、ひとりひとりの中にある真実、その人がもっている強さを見つけ出せるようなスペースを創り出さなければと思うのです。
ダンスとは、一体何でしょうか。ずっと昔、私自身がその質問を、ダンスを習っていた先生にしたことがあります。彼女の答え・・・今では私自身がそのとおりだと思っているのですが・・・それは、いろんな動きがあるなかで、どうしてそう動くのかという意図がはっきりしたら、それはすべてダンスになるというものでした。例えば、腕を動かしたいということ、なぜ動かしたいのか、どう動かしたいのかが解れば、それはもうダンスなのです。
ひとつの課題があるとしたら、その課題の本当の意味、本質をはっきりと見なければなりません。バレエの課題で、たとえば腕をこういうふうに(腕を上げて見せながら)するということは、障害があったら課題自体としてはできない。でもこの課題の意味は何かと考えたときに、腕の上げ下げというのは、中で動いている感じの延長でしかないのです。中で生きられている感覚というのは、垂直な背筋が伸びていく感じであって、それを感じることがこの課題の意味なのです。その感覚を掴むことが大事なのであって、障害があるために課題の動きができるかどうかは問題ではなくなってくるはずなのです。
障害をもった人々と関わると、自分のアートが深まる、自分のアートがもっと新しい地平を開いて、違った形で成熟していく。今は解からなくても、成熟してくれば解かるようになる。だから、自分のアートフォームを深めていく、開いていく、磨いていくために是非ここに来て体験してほしいと思います。
私のしていることは、人々が自分自身のために、少しまた違う種類のアートフォームを見れる(発見する)ようにすること。その人たちのために、私自身のために、またアートのために、アートの意味を広げていくということ。たまたまそれがその人にとって、肯定的な経験であれば、人々をより強い存在にするし、人びとがその人生をより建設的なやり方で生きる手助けとなるでしょう。
純粋な意味でのアートというのは、人々が自分のまわりの世界や自分自身に対してより深い洞察をもつことを助けるものです。そういう意味でのアートの提供なんです。そのことによって、人々が、言葉ではちょっと表現できないようなものを表現する、自分自身を表現する道を見つけることを助けることができると思っています。
何世紀にもわたって私たちは、偉大なアーティストというのは、普通の人々とは違うのだ、と教え込まれてきました。でも私の場合には、アートよりも人間が先に立ちます。アートよりも人間のほうが大切なのです。私のアートというのは、人々との関わりの中で生まれる、そんなアートです。
*1 マーゴ・フォンティーン:Margot Fonteyn
(1919-1991)英国が生んだ20世紀の最も偉大なバレリーナのひとりで、英国ロイヤル・バレエ団のソリストとして活躍した。
これは7月24日に開催されたレクチャーとその後に行ったインタビューをまとめて構成したものです。さらに詳しいトークの内容については、昨年のアダム・ベンジャミン氏に行ったインタビューと合わせて、後日出版される予定です。
【通訳:橋本恵子 採録:谷口寛子 聞き手:E.K.】
写真/南部辰雄
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