20世紀のフランスダンスを振り返る

16、17日のビデオ上映会「フランス・ダンスの100年」では、幻の舞台作品をスクリーン上に再現。
17、18日には、関原亜子がペーター・ゴスの身体知覚法に基づいたワークショップを行った。
最終日には幾つもの貴重な映像を挟みながら、
ニコラ・ヴィロードル(シネマテーク・ド・ラ・ダンス所属)、松澤慶信(日本大学講師)、関口紘一(元ダンス・マガジン編集長)による、フランスのモダン・ダンスとバレエの共存的状況についての一歩踏み込んだトークが行われた。

 

「モダン・ダンスとバレエの共存」

松澤慶信●まずモダン・ダンスとバレエの共存といったときの指針として、パリ・オペラ座があると思います。バレエの殿堂の中でオーソドックスなバレエだけでなく、ヌーヴェル・ダンスの振付作品もレパートリー化されている。最近では、ピナ・バウシュ*1の『春の祭典』*2をオペラ座のダンサーが踊っています。幅の広さがオペラ座の層の厚さでもあるわけですが、比較的昔から積極的に新しいダンスを取り入れているのでしょうか。

ニコラ・ヴィロードル●パリの観客はモダン・ダンスのイニシエーション*3を受けていたので、美的観点から革新的なことを受け入れていくことにはすでに慣れていました。セルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ*4の時もそうです。オペラ座がそういった動きを受け入れたのは、オペラ座がセルジュ・リファール*5を雇った1929年からといえます。

関口紘一●その後バレエを中心にしてやってきたオペラ座の中に、モダン・ダンスの研究グループを作ろうということでGRCOP*6ができた。

ニコラ●ヌーヴェル・ダンスが「ヌーヴェル・ダンス」として有名になる前、すでに70年代にGRCOPは、色々な振付家に振付の委嘱をしていた。その中に、レジーノ・ショピノがいます。そのときの衣装を担当したのはジャンポール・ゴルチェですね。

松澤●モダン・ダンス、モダン・バレエの中で、単にちょっと作風を変えたということではなく、バレエ自体の在り方を根本的に変えようとしたのは、戦後はやはりモーリス・ベジャール(1927-仏)が始めでしょう。

ニコラ●ベジャールの『春の祭典』は大成功で、アビニオンのフェスティバルとか、スポーツ用の体育館とか、バレエ専用のホールではない場所で上演され、何万人もの人が訪れた。60年代にはオペラ座の外での方が、バレエ、ダンスは大きな動きがあったんです。

松澤●それからローラン・プティ(1924-仏)。彼のようなキャバレーやショー・ダンス的な振付家は他の国では絶対に現れませんね。プティの世界というのは、不思議な世界で、まさにフランスのエスプリ。そこにはミュージック・ホールの伝統があって、それは見せ物的という意味ではロイ・フラー*7から始まるように感じます。日本ではショー・ダンスというものが表に出てくること、まして知識人が関心をもつなんてことはないわけです。これはフランスの特徴です。話を元に戻すと、彼らを含めてオペラ座というのは、懐が深くて、どんどん新しいものを取り入れた。バレエのコンテクストの中でも、積極的にモダンを追求してきたし、またマース・カニングハム(1919-米)やアメリカのモダン・ダンスを取り入れた。

ニコラ●ダンサーたちはクラシックのレパートリーにないものを踊るということを受け入れたわけで、オープンになる精神というものをもっていた。新しいものに肯定的な立場で対応していったわけです。

松澤●そして80年代になるといよいよヌーヴェル・ダンスが起こってくる。モダン・ダンスはアメリカものの輸入だったのが、ようやく世界をリードする新しいダンスがフランスから出てきたと喜んだ。ただしこれはダンス自体の内的充実によって発展してきたというよりも、周りの経済的援助が整ってきたから成立したといえると思う。

関口●世界中でダンス担当の役人がいるのはフランスだけだ、とよくフランス人は自慢します。今回の上映会でも『イゴール・エイスナーに捧ぐ』というビデオを上映しましたが、イゴール・エイスナーという人がフランスの文化省にいまして、彼は大変ダンスに理解があり、実際に好きで非常に沢山の公演を観ており、ダンス界のあらゆる事情に精通していました。彼が中心となって地方文化振興のために、ダンスに適切な援助を行いました。また、各地に地方振付センターというものを作って、フランス国内にダンスのネットワークを形成しようとしたのです。そうした要因もあって、いわゆるヌーヴェル・ダンスは盛んになっていくわけです。

松澤●ヌーヴェル・ダンスの受けた影響としてよく言われるのは、NYのポスト・モダン・ダンス*8とかピナ・バウシュのタンツ・テアター。何をやってもいい、ダンスといっても、必ずしも、ダンシングするという、前提にとらわれなくてもいい、という概念を取り入れた。あとは、日本の舞踏や矢野英征(1943-88)の影響。これらの3つが大きな構成契機になってヌーヴェル・ダンスがブームになったんだけど、ニコラはベジャールの影響を挙げていましたよね。

ニコラ●ベジャールという人は道を広げた人だと思うんです。彼の総合芸術は、ワーグナーに繋がるところがあって、アートの形態を何でも混ぜてしまう。ダンスという狭い範囲だけでなく、もっと演劇によったり、音楽で新しいものを取り入れたり。また、ベジャールはブリュッセルでムードラという学校を作って、そこからマギー・マラン(1951-仏)やローザスのアンヌーテレサ・ドゥ・ケースマイケル(1960-ベルギー)が育った。

関口●ムードラはアフリカにもあり、ベジャールは、ダンス教育というところまで視野を広げた人だと思う。振付家が教育といった面まで関与する意味は大きかったと。

ニコラ●イゴール・エイスナーの初案で国立振付センターができたわけですが、初代のアンジェの振付センター*9のディレクターとして、アルヴィン・ニコライ(1912-米)*10がいたわけです。

松澤●ニコライは、バウハウスから起こってくる「オブジェとしての身体」、身体をオブジェ化するといったパフォーミング・アーツの系譜として重要で、この延長上にフィリップ・ドゥクフレ(1961-仏)*11もいると思います。彼は舞台に積極的に映像を持ち込みましたが、ちょうどこの頃から、テレビの普及により、ダンスに接することが容易になってきた。今日ではビデオ・ダンス、ビデオ・アートのためのダンスが盛んに創られて、ダンスの領域はますます広がっている。モダン・ダンスとバレエが共存、互いに影響し合うという機会が、今後さらに増えてくるでしょう。

註)
*1 ピナ・バウシュ(1940- 独)の人間の存在を正面から見据えた表現は、演劇的ともいえ、攻撃的で生々しいものであるが、その本質には人間に対する優しさが溢れている。

*2 イゴーリ・ストラヴィンスキー(1882-1971 露)台本、音楽によるこの作品は、1913年のワスラフ・ニジンスキー(1888-1950 露)振付以来、マリー・ヴィグマン(1886-1973 独)、モーリス・ベジャール等の振付家によって、現在まで80を越える振付が行われている。

*3 19世紀末ないし20世紀初頭にはロイ・フラー(1862-1928 米)、イサドラ・ダンカン(1878-1927 米)、ルース・セント・デニス(1879-1968 米)といったアメリカ人ダンサーが相次いで渡欧し、画家や詩人等の知的エリートの支持を獲得している。ダンカンのヨーロッパ・デビューは1900年のことである。

*4 総合プロデューサーであるディアギレフ率いるロシア・バレエ団(バレエ・リュス)は1909年、ニジンスキー等の偉大なるダンサーを擁し、パリのシャトレ座に登場、モダン・バレエの幕開けとなった。

*5 セルジュ・リファール(1905-86 露)は、ニジンスキーの妹ブロニスラワ・ニジンスカ(1890-1972 露)に学んだ後、ディアギレフのロシア・バレエ団に入る。その後オペラ座の芸術監督に就任、同団を隆盛に導いた。

*6 GRCOP(現代舞踊研究グループ)は、オペラ座の総支配人ロルフ・リベルマンの呼びかけで結成。カロリン・カールソン(1943- 米)等のモダン・ダンスの振付家が講師として招かれ、フランスのコンテンポラリー・ダンスの発展に寄与した。

*7 ロイ・フラーはシルクの長いドレスの裾をひらひらさせながら、光(照明)の効果を駆使して舞ったダンスで有名。

*8 ポスト・モダン・ダンサーと呼ばれる前衛舞踊家たちは、1960年代のNYのジャドソン教会を拠点に活動。モダン・ダンスの表現的な手法は否定され、日常的な身ぶりや、ルールに則した動き等により、従来のダンスにはなかった動きを用いた創作が試みられた。

*9 国立の舞踊学校CNDC(アンジェ国立現代舞踊センター)は人材育成、作品制作普及を柱として1978年に開設。その時々に若手振付家が創作の機会を与えられ、ドゥクフレやドミニク・バグエ(1951- 仏)等、多くのヌーベル・ダンスの旗手を輩出した。

*10 アルヴィン・ニコライの舞台では、身体は極めて機械的に扱われ、光、音、色彩等と等価値に抽象表現主義的な空間が創り出された。
*11 フィリップ・ドゥクフレは、フランス革命200年祭の記念行事の奇抜な行列や、1992年のアルベールヴィル冬季オリンピックの開会式の振付で世界に知られるところとなった。

【採録・構成・註 : E.K.】

ダンス・ワークショップ風景(上)

関原亜子のクラスは吉見征樹のタブラに合わせて行われた

写真撮影 : 南部辰雄

 

左上から

ジャン・バビレ『短刀』

モーリス・ベジャールとミッシェル・セニューレ
『孤独な男のためのシンフォニー』

カスタフィオーレ振付『4-Log Voiapuk』

アンヌテレサ・ドゥ・ケースマイケル振付
ローザス『アクターランド』

モーリス・ベジャール振付
デュスカ・シフォニオス『ボレロ』

ロイ・フラー

ニジンスキー『牧神の午後』

写真提供 : シネマテーク・ド・ラ・ダンス