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オペラゴアー、メトに行く
― 名古屋はオペラポリタン ―
メト人気三つの秘密
名古屋オペラ界今年最大の話題は「メト」の名古屋公演。世界三大オペラ・ハウスの一つ、アメリカのニューヨーク・メトロポリタン歌劇場が9年振りで名古屋へやってくる。前売りと同時に全演目のチケットはアッという間に売り切れた。この空前絶後のメト人気の秘密は三つある。
星座は光りぬ
まず、ルアチーノ・パヴァロッティとプラシド・ドミンゴという世界の二大テノールが競う豪華キャストだ。私たちは、《トスカ》でパヴァロッティが歌うカヴァラドッシのアリア「星も光りぬ」で泣こうか、《道化師》でドミンゴが歌うカニオのアリア「衣装を着けろ」で泣こうか、といまから迷っている。ちょうどこの時期、ホセ・カレーラスもリサイタルを名古屋で開く。彼ら三人の共演の予定はないが、三大テノールが初めて名古屋に勢揃いするのも、なにがなし興奮を覚える。だが、大きなスターの輝きにだけ目を奪われてはいけない。これが、今世紀の最後を飾る名古屋最高の舞台になる可能性が高いのは、指揮のジェイムズ・レヴァイン、演出のフランコ・ゼッフィレッリをはじめとして、満天の星のごときメト最高の布陣で、総力挙げて挑む引っ越し公演だからだ。特に、ゼッフィレッリは、今回のメトの演出と装置と衣装のすべてを担当する。「ロメオとジュリエット」で純愛のはかなさを見事に映像化した映画監督によって、オペラはついに英語の詩情と演劇のドラマ性と美術の色彩感と宗教の崇高さを得た。そして、いま、私たちはその現場に立ちあうことになる。
オペラゴアー、メトに行く
二つには、メトを大きな期待をもって待ちかまえている私たち多くのオペラ・ファンの存在だ。名古屋にも優れたオペラ・ゴアーが確実に育ってきている。昨年、好評を得た県文化振興事業団のシリーズ・トーク「オペラは私の喜び」(五回)も預かって力があったことだろう。特にオペラは、「総合芸術」といわれるほど、音楽的な理解はむろんのこと、美術や演劇や古典文学や宗教や歴史や風俗や風土に関する伝統的な知識と感性が不可欠とされる。むろん、オペラを観る私たちは、西洋の一般教養と常識を十分に有している。《道化師》には「コメディア・デラルテ」の知識が、《カヴァレリア・ルスティカーナ》には、「シシリアの狂熱の風土」への関心が、《カルメン》には「淫乱な悪女と清純な聖女」のプラトン主義への理解があればいいのだから。
それに、私たちには少しの批判精神も欠けてはいない。例えば、プッチーニの《トスカ》だ。「《トスカ》の拷問場面といえば、あまりにも単純で、万人が安易に理解できるがゆえに、芸術家はこれを避けるべきである」とシェーンベルクが非難したように、オペラほど、無抵抗で無責任に好きになれる芸術はない。むろん、私たちは、「情欲と暴力と耽美趣味がこのオペラのテーマではない」と言い切れるだけの醒めた思いを秘している。
さらには、音楽を良く聴くことも忘れない。ただ聴くのではなく、「良く聴く」ことだ。歌劇《トスカ》の生命は、原作者サルドゥのドラマ性よりも、プッチーニの音楽にある。レヴァインとゼッフィレッリが、いかにプッチーニの「示導動機手法」をオペラ化しているかには驚くべきものがある。私たちが、人物や物や事柄や感情を言葉のように語る数々の「示導動機」のすべてを、眼と耳で同時に捕らえたとき、初めて心に感動が湧いてくる。「ただ、オペラは面白おかしく楽しめばいい」という物見遊山のファンや「わたし、パヴァロッティを見たのよ」というアリバイ造りのファンには、メトはいかにももったいなすぎる。
オペラポリタン名古屋
三つには、おなじみのオペラハウス「愛知県芸術劇場大ホール」でメトが観られることだ。メト公演は本格的なオペラハウスを持っている国際都市、メトロポリタンならぬオペラポリタンだけが可能にできる大事業だ。三年前(1994年9月)のローマ歌劇場の《トスカ》は、1900年初演時のホーエンシュタインの装置を見事に再現するものであり、小澤征爾指揮の《トスカ》(同年3月)では、ジャン=ピエール・ポネルの「ヴェリズモ(リアリズム)演出」を衝撃的に観せてくれた。今回の《トスカ》はゼッフィレッリの「様式美の演出」がまぶしい。衣装の色彩感は図像学に則っとり、演技は示導動機にそっている。私たちは、居ながらにして、《トスカ》百年の代表的な演出のすべてをこの劇場で観ることになるのなら、一枚のチケットのためであれ、なんぞ、わずか一夜の徹夜の行列をいとおうか。
メトを楽しむ秘策
幸いにも、チケットを手にしたら、メトを十分に楽しもう。それには、オペラのマナーをまもるに限る。事前に、愛知芸術文化センターアートライブラリーでオペラの物語と原作を読んでおき、地下2階のアートプラザでLDを観ておく。当日は、趣味の良さを誇るに足る、精一杯のおしゃれをして出かけよう。着物でもかまわない。オペラグラスを友人から借りてくるのを忘れない。遅れないよう30分前に着く。プログラムを買い、当日ホワイエに貼り出されたキャスト表で出演者を確認してから、客席に座って彼らの名前と役名と経歴を読んでおき、開幕前に既に知己の仲になっておく。始まったら、プログラムやハンドバックは膝におかず、椅子の下に入れて音が出るのを避ける。拍手は、人に遅れてする。休憩時間は、ビュッフェで並んでいる友人を見付けて手を振り、飲み物をご馳走になる。最後のカーテンコールが終わるまでいて、興奮で熱くなった頬をさましながらゆっくりと地下鉄で帰ることにしよう。今夜の舞台を、棋士のように、最初から思い出しながら……。
【文/都築正道】
5.24土 カヴァレリア・ルスティカーナ
道化師
5.25日 トスカ
5.28水 カルメン
【写真/木之下 晃 & 登茂枝】
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