『舟の丘,水の舞台』―制作レポート Vol.2

 コラボレーションとは共同制作を意味する言葉だが,『舟の丘,水の舞台』ではいかなるコラボレーションは構想されているのだろうか。それは、一人のディレクターの存在によって様々なジャンルが統合されて作品化されるのではなく、参加するアーティストたちのそれぞれの意志が,出会い,ぶつかり合い,そして融合してゆくような、ダイナミックな思考の渦、運動としてのコラボレーションである。1996年1月に詩人・吉増剛造と我々スタッフは,この地域でささやかな思索の旅を行い、コラボレーションを制作してゆくための共通のモチーフとして“川”を探り出した。現代都市・名古屋の起源は,木曽三川流域に発生した文化圏に遡ることができるのではないか。都市の記憶に根ざしつつ,新たな創作を行おうというこのプロジェクトに,“川”というモチーフは最も望ましい。そしてこの“川”をキーワードに,参加する様々なアーティストたちの多様なアプローチが折り重なってゆく。それは、複数の者たちによって,シナリオが書かれ,消され,さらにまた書かれてゆくような、真の意味でのコラボレーションの最初の始まりであった。

【T.E.】 

 
5月30日〜6月1日

米井澄江ダンス・ワークショップを開催。これまでの体験型ワークショップから一歩踏み込んで,参加者によるダンス作品の共同制作を行った。その最終日,2日間大リハーサル室で共に作品を作り上げた彼らがフォーラムという場に立つ。
映像の制作・投影プランを構想するため,ワークショップの見学に来た大木裕之は、このフォーラムでのテスト・ピース上演に飛び入りで参加。ワークショップのダンサーたちはとまどいながらもこれを受け入れて,期せずして即興的なコラボレーションとなった。

 
6月第3週

前回のワークショップより有志を募り、『舟の丘,水の舞台』のためのダンス制作が始まる。今回のワークショップにはソロパートを踊る美枝・コッカムポーがフランスより参加。ワークショップ・ダンサーたちとともに、リハーサルを重ねた。水の流れを想起させるようなラインを形づくる動きや,水が石を運んでゆくようなイメージの振付が米井澄江から提示された。
ワークショップ最終日の6月16日には,今回作られたテスト・ピースをフォーラムで上演し,それを音楽の今堀恒雄、斎藤徹、吉野弘志、舞踊の五井輝、映像の大木裕之らが見学。終了後はコラボレーションへ向けた各アーティストのプランが提示された。

7月7日〜10日

映像作家・大木裕之の沖縄ロケが行われる。大木が今回の企画の中で見い出したコアは“3”という数字だった。このコラボレーションは、映像,ダンス,音楽の3つのパートを主にした3部構成で構想されている。“川”という文字も3本の線から組み立てられている…。そんな事柄から敷衍されるかのように、映像パートは,沖縄,高知,愛知の3ヵ所でのロケが提案された。
東京,高知,愛知の3ヵ所から集まった大木のロケ隊は、“川の源を撮る”という漠然としたプランだけで沖縄入り。あえて事前の調査やロケハンをせず、旅の過程での出会いを即興的に撮ることが心がけられていたのだが,最終日にはその名にふさわしい「源河川」へたどり着き,一行は何か運命的なものを感じざるを得なかった。

 

『舟の丘,水の舞台』

■ 9月24日(火)開催
■ 場所:フォーラムT(大ホール入口前)
■ 総合演出:澤井宏始
■ アーティスト:今井勉[平家琵琶]、今堀恒雄[エレキギター] 大木裕之[映像作家]、五井輝[舞踊家]、斎藤徹[コントラバス]、美枝・コッカムポー[ダンサー]、七聲会[声]、吉野弘志[コントラスト]、吉増剛造[詩人]、米井澄江[振付家]、ジョエル・レアンドル[コントラバス]
■ 企画:愛知県文化情報センター
 

 
アーティスト ARTIST

今井 勉 IMAI Tsutomu[平家琵琶 heike biwa]

1958年生まれ。故横井みつゑ、故三品検校正保、土居崎検校正富の各氏に師事。平曲の正統伝承者として,また伝統的な琴,三弦,名古屋独特の胡弓の演奏家として,名古屋地域を中心に、多数の公演を行っている。

 

今堀恒雄 IMAHORI Tsuneo[ギター guitar]

1962年生まれ。全曲の作曲をする自己のバンド「ティポグラフィカ」は“訛り・揺らぎ”をテーマとし、高い構成度と圧倒的なグルーヴ感を併せ持つ全く固有の音楽性が高く評価されている。また、ジョン・ゾーン、遊佐未森、トム・コラ、高野寛、かの香織等との共演・共作・プロデュースなど、国内外を問わず活動をしている。

 

大木裕之 OKI Hiroyuki[映像 film]

1964年生まれ。日本の新世代を代表する映像作家として、国際的にも大きく注目を集め,海外での招待上映、映画祭への参加なども数多い。近作の『HEAVEN-6-BOX』(1995)や『優勝-Renaissance-』(1996)では、音楽とのコラボレーション的な上映を試みるなど,さらにその表現領域と可能性を広げている。

 

五井 輝 GOI Teru[舞踏 butoh]

1945年生まれ。現代舞踊の技術的練磨と併せて,精神と肉体の極限的な凝視を通して獲得した彼の舞踏は、全く固有の性格を持っている。彼の舞踏は、故郷の北海道の過酷な自然と歴史のなかから生み落とされた自己自身を、根源的な身体論を観客に提示しつつ、さらに物語として語る作業であり,そこには重層的な時間が流れている。

 

美枝・コッカムポー Mie COQUEMPOT[ダンス dance]

1971年スイスのジュネーブ生まれ。バレエをはじめ、ジャズ・ダンス,モダン・ダンスを学ぶ。レダ・ベンティフォー、ピーター・ゴス,セルジュ・リッチ等とステージ活動を行ってきた。現在,フランス国立トゥール振付センター(ディレクター:ダニエル・ラリュー)」に所属。

 

斎藤 徹 SAITO Tetsu[コントラバス contrabass]

1955年生まれ。板橋文夫,バール・ヒィリップスら即興音楽の演奏者,また沢井一恵、石川高ら邦楽や雅楽の演奏家や,金出石,安淑善ら韓国の音楽家と,演奏活動やCDの制作を行っている。また、劇団太虚(タオ)の音楽監督,舞踊家や美術家とのコラボレーションにも精力的に取り組んでいる。

 

七聲会 SHICHISEIKAI[声 voice]

浄土宗総本山知恩院式衆を中心に、浄土宗の声明,法要、儀式を研究する京都在住の若手僧侶7人のグループ。わずか7人ながら、彼らの声は重層的に響き合い,その結果美しく豊かな倍音を生じさせる。伝統的な声明を継承するだけでなく,声明を独特の発声法による男性の声(あるいはコーラス)ととらえて、新しい音楽の創造を試みようとしている。

 

吉野弘志 YOSHINO Hiroshi[コントラバス contrabass]

1955年生まれ。自己のグループ「才能分裂」「環太平洋トリオ」の他、坂田明、フェビアン・レザ・パネ、長谷川きよし、金子飛鳥等と演奏活動を行っている。またアイヌのアトゥイ氏率いる「モシリ」(アイヌ詞曲舞踊団)の一員でもある。コントラバスを自分にとっての民族楽器としてとらえ、ジャンルを越えた音楽活動を展開中である。

 

吉増剛造 YOSHIMASU Gozo[詞 poem]

1939年生まれ。言葉の宇宙を創造しつづけている現代日本を代表する詩人。自作を朗読するパフォーマンスも多く,世界各地で夫人で歌手のマリリアと共演を重ねている。さらに近年は写真展開催,朗読CD制作など,幅広いフィールドで活躍している。

 

米井澄江 YONEI Sumie[振付 choreograph]

国内はもとより、ドイツ,アフリカ,アメリカなど国際的に公演活動を行う。ワークシップなどを通じて後進の育成にも積極的に取り組んでいる。彼女の作品は,社会や人間に対する深い洞察に基づいており,日常的なしぐさやコミカルな動きを用いて,シニカルな視点を織りまぜて表現され,単なるダンスの枠を超える独創性が高く評価されている。

 

ジョエル・レアンドル Joelle LEANDRE
[コントラバス contrabass]

1951年フランスのエクス・アン・プロヴァンス地方生まれ。シェルシ、ケージ、モートン・フェルドマンといった現代音楽作品の演奏、脱領域的なパフォーマンス,そして、ジョージ・ルイス,ペーター・コヴァルト、カルロス・シンガロ、バール・フィリップスらとの即興演奏と、多領域で活動を行っている。

 

【写真 / 羽島直志、越後谷卓司】