素描家としてのレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)
ウィンザー城王立図書館館には、レオナルドの人体解剖図が約200葉所蔵されています。今回の「レオナルド・ダ・ヴィンチ人体解剖図」は、レオナルドの解剖学についての驚異的な探究の跡を23葉41点でたどろうとするものです。今回の出品作は絵画のための準備素描ではありませんが、併せて彼の卓抜した素描の魅力を味わっていただくことができます。ここでは出品作を中心に技法の側面から彼の素描を見ていきましょう。
15世紀の初期ルネサンスの画家たちが用いた主な素描の技法は、シルヴァー・ポイント(銀尖筆)、ペンとインク、チョーク、筆といったものでした。画家を志すものが工房で最初に会得すべきものとされたのがシルヴァー・ポイントによる素描です。これで描くと均質で繊細かつシャープな線が得られるのですが、直接紙に書いても写らないため紙に入念な下地を施すことが必要でした。また、容易に描き直しができないため描線を手際よく操る技量が要求されました。この技法を師ヴェロッキオの工房で体得したレオナルドは、《戦士の胸像》において細かい平行線を重ねる見事なハッチング技法で顔の表面の起伏を捉えています。
ルネサンスの工房でシルヴァー・ポイントを会得した後に徒弟たちが取り組んだのがペン素描です。鵞鳥ペンは金属の尖筆に比べるとはるかに扱いやすく、物の質感を生き生きと再現することができましたし、また力強い生き生きした線で人物の激しい運動を描き出すこともできました。《切断された頭蓋》は、ペンで描かれていますが、シルヴァー・ポイントで身につけたハッチングの技法を用いて骨の微妙な凹凸を巧みに表現しています。それよりかなり時代が下って描かれた《胎児と子宮の内部》では、曲線によるハッチングで生き生きと対象を捉えています。
物の凹凸を表現するためには、こうしたハッチングを用いる手法の他に、ウォッシュ(淡彩)を用いる場合がありました。インクの濃さを自由に変え、光が当たった様子や陰影感を筆で自在に喚起できるのです。《脊柱》では、簡略にペンで描かれた線描に達者なウォッシュが用いられ正面からでも背骨の彎曲の様子がわかるように描かれています。これまでの技法に比べて格段にスムーズに明暗の移行を表現できるのが、チョークです。この技法に本格的な関心が集まったのは15世紀の後半で、レオナルドは赤チョークの表現の可能性を広げた点でも注目すべき存在です。《脚と腰の筋と骨》では、赤く下塗りされた紙に赤チョ―クで描く彼独特の手法で描かれ、皮膚の下の筋肉の構造が手早く的確に捉えられています。
(H.K.)
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