積み残した船荷

問題劇としての《オランダ人》

 「人間とはなにか」「私たちはどこから来てどこへ行くのか」という人類がいまだに解けないでいる問いを主題にした劇を「問題劇(プロブレム・プレイ)」という。歴史の風雪に耐えて生き延びてきたオペラは、どれも問題劇だ。1841年、28歳のワーグナーがパリで書き終えた《さまよえるオランダ人》は、「彼の初期のロマンティックな作品にすぎない」、すなわち、「示導動機を駆使した楽劇ではない」として、彼の作品の中では低い評価しか与えられていない。だが、《オランダ人》は、二重の意味で優れて問題劇である――運命が人間に与えた苛酷な試練を主題にしていると同時に、ワーグナーが楽劇の音楽家となるために解決しなければならなかった重要な音楽上の課題も含んでいるのだから……。

ワーグナーは私たちに問う
「さまよえるオランダ人とは誰か」
「真の人間救済とはなにか」
「ゼンタだけがなぜ彼を救えたのか」

 この6月、名古屋初演の栄誉を担った、愛知県芸術劇場大ホールの《さまよえるオランダ人》上演が大きな興味を呼んだのも、戦後五十年の日本において、この歌劇を「問題劇」たらしめることが可能かどうかにあった。

 サーチライトが暗闇を照らす空襲シーンで序曲が始まる。戦闘服を着た戦士が登場して、「私は広島へ原爆を落とした飛行機エノラ・ゲイの航空士である」と、演出家鈴木敬介氏のメッセージを明快に伝える。戦後五十年、日本の問題劇《オランダ人》の「第一の問い」をアクチュアルに解いて見せた。ワーグナー本人の「オランダ人序曲論」をまつまでもなく、この「序曲」は、示導動機の解釈において多くの音楽的メッセージを持っている。私たちは、19世紀のパリのオペラ座にたむろするバレエ好きの享楽的ジョッキー・クラブのメンバーのように、飛行士が示導動機を伴奏音楽にして踊るのを見ていた。指揮の佐渡裕が、ゼンタの「バラード」やエッリクの「カヴァティーナ」をベルカントで歌わせたのも、当時のパリを席巻していたベルリーニの影響を考えてのことだろう。

 今年の始め、同じ愛知芸術文化センター内の美術館で開かれた香月泰男展で私たちは、戦争が生んだ地獄の戦慄を味わった。苛酷なシベリア拘留で、友を救うに無力であった香月の痛恨の念が、抑えたタッチとゆがんだフォルムと暗い色彩と化して、いたるところで号泣しているのを聴かぬ者はいなかった。生命の脈動そのものである演奏という表現手段を持ち、現実を具体的に訴える言葉と声を持ち、今の今を実現可能にする演出手段を持つオペラは、絵画以上に、現実を告発するに急であるべきだ。ゼンタや善良な水夫たちや港の娘たちが、エノラ・ゲイの被害者であるとするなら、彼らだけが、幽霊船を歓迎する資格を持つ。「人間は、過ちをおかす存在である。いつの世でも、その過てる加害者を救えるのは私たち被害者の忠恕だけだ」と彼らが酒瓶を振りながら叫ぶなら、それが、ワーグナーの「第二の問い」の答となる。被害者と加害者が複雑に絡みあっている現代にあって、この問いは重い。

 救わるるべきは、オランダ人を救うことによって自らも救われるゼンタである。ここに、歴史における個人の役割がある。ワーグナーが、「最後の問い」の答を個人に求めたにもかかわらず、私たちはいまだに明快な答を出せずにいる。戦後五十年の問題を積み残したまま、私たちのオランダ船はまたも港を追われた。

 文章:都築正道

 写真:木之下晃