REVIEW 美術館
生誕120年 安井仲治
YASUI NAKAJI: PHOTOGRAPHS

安井仲治のデザインアイ ――構成への飽くなき希求

《斧と鎌》1931年、個人蔵(兵庫県立美術館寄託)

安井仲治という写真家の仕事を見ていると、その多彩さに圧倒される。《メーデー》(1931)や《流氓ユダヤ》(1941)といったドキュメンタリー的な作品からシュルレアリスムの影響が色濃い幻想的な作品まで、その多岐にわたる作風は唯一無二のものだ。

本展覧会を通してみても、彼が時代の潮流に敏感に反応しながら、作品を生み出していったことがよくわかる。彼の作風の多彩さは、時代を吸収するその軽やかさにある。しかしながら、ただ吸収し模倣するだけではなく、それぞれの潮流を我が物とし、高いレベルの重厚な作品として昇華する。そこに安井が天才と謳われる理由があるのだろう。

今回の展示では、安井のコンタクトプリントが公開され、彼の制作過程が明らかになった。トリミングや多重露光等の丁寧な調整に、安井のデザインアイとも言うべき、確かな構成センスを感じる。安井の生きた1920年代から30年代は、絵画的な写真表現を志向する芸術写真から新興写真に写真の動向が大きく揺れ動いた時代であった。新興写真は、カメラやレンズによる機械性を生かし、写真でしかできないような表現を目指した動向であるが、ドイツの新即物主義(ノイエ・ザッハリヒカイト)に影響を受けており、クローズアップや俯瞰を駆使した表現が特徴の一つだ。階段の上に斧と鎌を置き構成した《斧と鎌》(1931)にみられるように、彼は早くも新興写真の即物的な写真表現を我が物としている。

こうした構成への欲求は、当時のアマチュア写真家らに共有され、それとともに、モノを構成することを本質とする静物写真への興味も高まってゆくこととなる。1930年代前半に安井の説いた「半静物」という言葉は、当時の写真家らに向けてのスリリングな一つのアンサーにもみえる。安井の「半静物」は、撮影現場でモチーフを自由に構成して撮影するというものであり、室内で構成するものだという静物写真の固定観念を軽々と超える。安井の興味深いところは、構成や抽象と、ドキュメンタリーといった両極なものを別個に捉えず、結合させているところにある。安井のデザインアイは静物写真に留まらず風景写真にも表れている。初期の芸術写真の時代からの都市風景や、ポスターの壁を撮影した《相克》(1931-1932)、《看板》シリーズ(1932-37)、1940年頃のスナップショット、そして最晩年に撮影された《上賀茂にて》(1941)のシリーズにおいても、彼の飽くなき構成への想いが表れているように思うのだ。

REVIEWER 芦髙郁子さん

滋賀県立美術館学芸員。写真やデザイン関係の展覧会の企画、執筆を行う。

生誕120年 安井仲治
YASUI NAKAJI: PHOTOGRAPHS
2023年10月6日(金)~11月27日(月)
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)

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REVIEW 劇場
サウンドパフォーマンス・プラットフォーム特別公演
安野太郎 ゾンビ音楽『大霊廟Ⅳ -音楽崩壊-』

変革を生むための問いと共有の場


紆余曲折を経つつも音楽活動を続ける安野太郎は「音楽家はどのようにサバイブできるか」を、彼自身の実践を通じて考えてきた。安野は2021年に愛知県立芸術大学の専任教員となり、音楽大学を巣立つ人々の不安定な境遇の一因を音大と音楽教育の現状に見出し、その変革の必要性を実感する。『大霊廟Ⅳ -音楽崩壊-』は、「音楽崩壊」というディストピアを想起させるサブタイトルを冠しているが、音楽や音楽家を取り巻く環境を向上すべく、単なる音楽会を超えてその問題を共有し考える場として行われたものだ。といっても、ただ深刻に考え込んだり不満を吐露するのではなく、ユーモアに溢れ、共感や感動を与える時空間が生み出されていた。

本作では安野が10年以上続けてきたリコーダーの自動演奏によるゾンビ音楽は響き続けるものの、リコーダーの音が途絶えないようふいごを踏み続けるふいガーのような人の存在が前景化していた。彼らには、オルゴールを奏でるオルゴーラーの中ムラサトコから音楽や音大教育に関する質問が度々なげかけられ、対話がひろがる。ふいガーのひとりで本作の契機のひとつとなった書籍『音大崩壊』著者の大内孝夫は、銀行員から音大教員へと至った自らの遍歴や、音楽の外側に広がる音大生の可能性や職能の応用性について語る。現役音大生の声楽家・内藤穂乃果は声楽を選んだ理由から将来についてまで、「声楽は体が楽器である」という前提のもと豊かな声量で伝える。通常コンサートは演奏者の奏でる音に集中するもので、音楽家の人生や思考に触れることはない。しかし本作では出演者たちの人生の物語や音楽観が様々に語られ、生身の人間の存在が強く印象に残るのだ。

また、本公演はチャンス・オペレーションが作品構造の骨格を成す。例えば、出演者への質問や指示はガチャガチャから出現する。その指示のひとつにより、公演の最中に突如キックボクシングの元世界チャンピオンが登場し、安野が彼に挑戦する。絶対に敵わないものに向かう様は、音楽家の境遇や音楽教育を変革することの困難を暗示するようだ。安野の必死の挑戦は笑いを誘うが、同時に心を打つものがある。不可能と思われるものに全力で挑む姿は美しく、そのような態度から変革がはじまるだろうという光明がじんわりと浮かぶ。音楽家に限らず、人の生き方の本質を考える場として、課題を共有するに留まらず心に希望を刻む音楽会であった。
※ミュージック&ドキュメンタリーリサーチブック『音楽崩壊』16・17P

REVIEWER 服部浩之さん

キュレーターとして公共空間・コモンズを探求するプロジェクトを展開。東京藝術大学大学院准教授。愛知県在住。

サウンドパフォーマンス・プラットフォーム特別公演
安野太郎 ゾンビ音楽『大霊廟Ⅳ -音楽崩壊-』
2023年10月14日(土)・15日(日)
場所/愛知県芸術劇場小ホール(愛知芸術文化センター地下1階)

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