塩見允枝子パフォーマンス作品『〜音と詞と行為の時空〜』「ピアノ×パフォーマンス」
Photo: Takayuki Imai ©国際芸術祭「あいち」組織委員会

REVIEW 国際芸術祭「あいち2022」パフォーミングアーツ

時空を超え、さらなる高みへ

塩見允枝子パフォーマンス作品
『〜音と詞と行為の時空〜』「詞と概念を演奏する」
Photo: Takayuki Imai ©国際芸術祭「あいち」組織委員会

塩見允枝子の作品が展示されていた10階から地下2階の大リハーサル室へエレべーターで一気に下降しながら、その物理的運動を思わず塩見の代表作「スぺイシャル・ポエム」に重ね合わせる。これを「方向のイヴェント」あるいは「落下のイヴェント」と捉えてみたらどうだろう...。1960年代に生まれたフルクサスという芸術運動はかくも広い間口と懐を持ち合わせている。フルクサスの「イヴェント」はシンプルな文章で書かれたインストラクションを「スコア」とし、「演奏」する者の、自由で時に即興的な応答が芸術となる。故にそれは誰にも開かれており、老若男女問わず自らの創造性を発露することのできる装置だ。日常と芸術の混淆は、目の前に広がる世界の眺めを少し変えてみせる。

1964年から65年にかけてニューヨークでフルクサスのメンバーとして活動した塩見は、帰国後から今日まで、50年という年月を優に越え、現代音楽を作曲し、美術作品を発表し、またその両方の領域にまたがるパフォーマンスを生み出してきた。音楽と美術と詞という三つの要素を原理的に捉え、それらを空間的/時間的に展開する潔さと美しさを塩見の比類なき独自性とするならば、今回の公演はこれまでの最高到達点だったと言えよう。それは、先ほど述べたフルクサスの一つの側面である「誰でも」とは真逆のプロフェッショナルな洗練、技術とセンスに裏打ちされたものである。これは粒ぞろいの演者たちと、塩見のディレクションによるものだ。塩見は実に半数以上の曲を今回のためにリライトあるいは書きおろした。効果的な照明やクリアな音響、身体表現は、各曲の輪郭をはっきり際立たせ、それぞれのコンセプトの核と、その展開の意外さを楽しませるものであった。音と同様に演奏された詞は意味をはぎとられるかどうかの瀬戸際で浮遊し、あるいは不意に鋭く全体を方向付け、塩見らしいロマンティシズムを滲ませた。現代音楽の仕事とパフォーマンスを意欲的に接合してみせた「ピアノ×パフォーマンス」の最後、べートーヴェンの月光ソナタが内部奏法によるノイズに次第に凌駕され、ピアノごと白いネットに包まれゆく様子は、時間芸術が空間的に介入され包み込まれる、そのせめぎ合いを見事に提示していた。

REVIEWER 橋本梓さん

国立国際美術館主任研究員。直近の企画は「六本木クロッシング2022展:往来オーライ!」(森美術館、共同企画)。

国際芸術祭「あいち2022」パフォーミングアーツ
塩見允枝子パフォーマンス作品『〜音と詞と行為の時空〜』
2022年8月6日(土)
場所/愛知県芸術劇場大リハーサル室(愛知芸術文化センター地下2階)
作品ページはこちら

REVIEW 劇場 ダンス『風の又三郎』

風土に生きる身体をのびやかに表現



© Naoshi Hatori

勅使川原三郎と愛知ゆかりの若きダンサーたちの出会いが生んだ本作。初演から1年、新たなメンバーを加えての再演だ。セリフのないダンス作品だが声による朗読が進行を支え、原作でお馴染みのあの場面、この場面が時折マイムも交えて再現される。冒頭、宮沢賢治特有のオノマトぺ「どっどど どどうど...」を模したようなステップ(インタビューによれば馬の駆ける音)がアイリッシュダンスを彷彿させるなど、さまざまな身体技法を盛り込んだハイブリッドな表現が特徴的だ。

舞台では書割りのシルエットが学び舎を表し、先生と村の子どもたちの勤勉な様子、自然の中の集団の遊び、おどけてはしゃぐコミカルなやりとりが人のアンサンブルで生き生きと描かれる。勅使川原による振付はすべてを自身の色に染めようとするのではなく、バレエを基礎にもつダンサーたちの身体性を生かし、溌溂(はつらつ)とした動きを引き出していく。主要な人物によるソロ、子どもたちのトリオ、きりりと輪郭の整ったユニゾンなど人数を生かした多彩な構成だ。10代を多く含むダンサーたちには呼吸にもとづく勅使川原のメソッドは未知の舞踊言語であったはずだが、低い重心やたっぷりと空気を抱く腕の動きを習得し、風土に育まれ生きる身体をのびやかに体現した。

土色の服の子どもたちの中で一人だけ白い服の三郎はどこか異質な存在だ。たびたび舞台に現れ、颯爽と踊り去っていく佐東利穂子も、さながら風の化身。朗読も担当した佐東は他の登場人物とは異なる位相で物語に関わる本作の語り部だ。季節の移ろいの中で異質な者の気配に触れ、少し大人に近づく少年時代の心のざわめきが、空や雲を映し出した背景と相まって少しばかり寂寥感を伴って表現される。クラシックを中心とした洗練された選曲が賢治の土俗的な風景と融合し、作品世界に普遍性を持たせているのも印象的だ。とくに終盤近く、ミニマルミュージックを使ったシーンは、群舞が交差し佐東のソロが介入してひときわ見応えあるクライマックスを創出した。美術・衣装・照明デザイン・音楽編集は勅使川原三郎。全編を彩る勅使川原の美学がハイブリッドな要素をまとめ上げた舞台。愛知の人々に永く愛される作品となるに違いない。

REVIEWER 竹田真理さん

ダンス批評。関西を拠点に公演評の執筆や舞踊史のレクチャーなどを行っている。

ダンス『風の又三郎』
愛知県芸術劇場芸術監督 勅使川原三郎 演出・振付
2022年9月3日(土)・4日(日)
場所/愛知県芸術劇場大ホール(愛知芸術文化センター2階)
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