2011年4月1日から約2年間かけて改修工事が行われた、客席総数1,999席の本格的なコンサートホール。

世界唯一のパイプオルガンで
オルガンならではの楽しみを紡ぐ
「東京芸術劇場」コンサートホール

アート・文化施設やモノづくりの現場にでかけてレポートする「おでかけAAC」。
今号は世界で唯一、回転するパイプオルガンを有する「東京芸術劇場」を紹介。

数多くの公立ホールの建築を手掛けてきた芦原義信氏による設計。

1990年開館。愛知県芸術劇場とはオルガン公演で過去3回連携し、世界的なオルガニスト(エドガー・クラップ、ダニエル・ザレツキー、ピエール・ダミアーノ・ペレッティ)の招聘公演を行なった。

東京芸術劇場
東京都豊島区西池袋1-8-1
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世界唯一のパイプオルガンで
オルガン音楽の魅力を発信

 東京・池袋駅前に建つ「東京芸術劇場(以下、東京芸劇)」は、クラシック専用のコンサートホールの他、演劇・舞踊などの公演を行なうプレイハウスと2つの小ホールを備えている。中でもコンサートホールにあるパイプオルガンは、ホールの雰囲気と調和したモダンタイプ面と、15~18世紀のオルガン音楽を演奏するのにふさわしいルネサンス・バロック面の2つの顔を持つ“東京芸劇”のシンボル。同じ空間にいながら、オルガンが回転することで、さまざまな地域や時代の音楽を奏でることができることから、世界中のオルガニストたちから羨望の目を向けられる存在だ。
 「東京芸劇のオルガンは、ルネサンス、バロック、モダンの3つで調律が異なります。例えば、ルネサンス・オルガンは通常よりも半音高いピッチで調律されています。また手鍵盤の低音部分は、当時の特殊なキー配列(ショートオクターブ)を採用しています。そのため、リハーサル時間が限られた演奏者にとって、ルネサンス・オルガンは非常に大変です。しかし、平均律とは異なるミーントーン調律法の独特な響きに“やっぱりここでしか弾けないルネサンス・オルガンの曲を弾けば良かった”という声をよく聞きます。東京芸劇にはホール専属オルガニストが4名在籍していますが、このオルガンのスペシャリストと言えます。そういう意味でも、ぜひ、専属オルガニストの演奏にも注目していただければと思います」(曾宮)
 「今、作曲された当時のオリジナル楽器で演奏を試みる動きが盛んです。例えば19世紀のプレイエルのピアノでショパンを弾いてみるなど、原点に立ち返った演奏会です。東京芸劇のオルガンは30年前にそれを実現しようとした、ひとつの例になります」(小林)
 「都内のホールで1番最初にオルガンを設置したNHKホール(1973年開館)は、ネオ・バロック様式といい、バッハの時代を基本にロマン派まで演奏できるものが採用されています。その後、サントリーホール(1986年開館)では、ロマン派時代の様式を取り入れたユニヴァーサル型のオルガンが設置されています。それらを経て、東京都が複合施設を作るにあたり、同規模でさまざまな地域や時代に合った音で弾き分けられるオルガンが良いという依頼をし、マルク・ガルニエ社の回転式オルガンの提案が採用されました。コンセプトも面白く、“世界で唯一”という点が東京芸劇の誇りでもあります」(曾宮)

黒鍵は黒檀、白鍵は柘植でできているバロック調の手鍵盤。30周年を迎えた年季を感じる。

総計126のストップによって制御される約9,000本のパイプ。

20年以上にわたり開催している「ランチタイム・コンサート」に加えて、改修後には「ナイトタイム・コンサート」も登場。配布しているプログラムは、初心者も親しみやすい豆知識から、コアなファンも嬉しいストップリストまで掲載。

“オルガン本来の魅力”と向き合う

 そんな世界に誇るオルガンだが、開館当初は“知らない曲ばかり”というお客さまの声もあり、オルガン音楽以外をプログラムに取り入れたこともあったという。
 「演歌やジャズが聴きたいと言われたこともありました。でも、そうすると本来のオルガンファンがいなくなってしまう。東京芸劇のオルガンは歴史に基づく楽器なので、その特長を活かしたオルガン本来の魅力が伝わる音楽を紹介しています」(小林)
 「昨年12月のコンサートでは、“オルガンというちょっと親しみにくい楽器と、全く知らないような作曲家が並ぶコンサートを、これだけ魅力的なものに変えることができる発想が素晴らしい”という感想をいただきました。“そう、私たちはこれを伝えたいんだよ!”と(笑)。東京の中心にあるホールとして、日本のオルガン界を牽引していく立場で、東京芸劇のオルガンの魅力を存分に引き出すプログラムを届けること。それは、オルガニストたちが個々の楽器と対峙し、これまで学んできた自分の実力を最大限発揮できる理想のプログラムを提供できること。そして、音楽の力でその魅力を伝え、お客さまに感動し喜んでいただけるホールであること。そのための環境や土壌づくりを続けていくこと。地道ですがこれが非常に大事だと感じています」(曾宮)
 「2011年から2年間かけた改修工事の際、マルク・ガルニエとその息子たちでオーバーホールをしました。オルガンはメンテナンス費用がかかるものですが、それでも“後世に残したい”、“オルガンが在るのは良いものだ”と皆さまに関心を持っていただけるよう、これからも本物のオルガン音楽をお届けしていきます」(小林)
 「近年、震災などによる自然災害や感染症など、ホールも時代と共に、さまざまな困難に直面してきました。その中で、東京芸劇は絶えずオルガン・コンサートを続けています。継続するだけでなく、時代の流れと共にオルガンが求められる役割も少しずつ変化していきます。その変化を上手く掴みながら東京芸劇のシンボルとして、皆さまにこれからも愛され続けるオルガンでありたいと願っています」(曾宮)

右/東京芸術劇場オルガニスト 小林英之さん、左/東京芸術劇場 事業企画課 曾宮麻矢さん。

回転することで白いモダン・オルガンが重厚なルネサンス&バロック・オルガンに!

1.モダン面は平均律に近い調律法。フランス古典期と19世紀半ばロマン派以降の要素を取り入れ、オーケストラとの共演でよく使われる。

2.ゆっくりと反時計回りに回転し、もうひとつの顔に変化していく。

3.ルネサンス・バロック面は、17世紀初頭・オランダ・ミーントーン調律法と、18世紀・中部ドイツ・バロック調律法の2つの音を奏でる。

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