ドロテ・フィッシャーとコンラート・フィッシャー 1969年 (撮影:ゲルハルト・リヒター)
Photo: Gerhard Richter
ミニマル/コンセプチュアル
ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術
伝説的な存在となったドイツのフィッシャー・ギャラリーの活動を通じて、1960-70年代の重要な美術動向「ミニマル・アート」と「コンセプチュアル・アート」を辿る展覧会。
現代アートの源流となる
1960-70年代を振り返る
ドロテ&コンラート・フィッシャー夫妻(A)は、1967年にデュッセルドルフにギャラリーを開き、同時代の国際的な美術動向をいち早く紹介しました。当時の若い作家たちは、1950年代にアメリカを中心に大きな影響力をもっていた抽象表現主義と呼ばれる動向に対して、憧れを抱きつつも同時に反発もしていました。彼らは、抽象表現主義の絵画に認められる、直観的な色彩やフォルムの配置、絵具に残された身振りの痕跡といった作家の個性を示すような表現性を捨て去って、幾何学的で単純なかたちの絵画や彫刻を制作しました。こうした新たな動向は、批評家たちによってミニマル・アートと呼ばれ始めます。
その代表的な作家のひとりであるカール・アンドレを、フィッシャー・ギャラリーは最初の展覧会で取り上げました。アンドレは工業的に生産された金属の板やブロックを用いて作品を制作しました。従来、作家によって完成された作品は、確固たる存在としてその地位が保証されてきましたが、互いに固定されることなく床に並べられたアンドレの作品は、容易に解体され再構成されうるもので、作品を一切改変できないものとする考え方を大きく揺るがしました。同様に1960年代にフィッシャー・ギャラリーで紹介されたダン・フレイヴィンは、既製品の蛍光灯を用いて作品を制作しました。人工の光を用いて作品を制作する作家はほかにもいましたが、多くの作家が自由に変形できるネオン管を用いたのに対して、フレイヴィンはあえて規格化された蛍光灯を用いて、制作に直観的な判断が入り込む余地を排除したのです。ソル・ルウィットが、1968年にフィッシャー・ギャラリーで発表した新作《隠された立方体のある立方体》(B)を実現するために、コンラート・フィッシャーに送った作品の制作指示書(C)は、当時のミニマリストの作品制作のあり方をよく示しています。作品はもはや作家の手を一切介さずに、各部の寸法や塗装の方法などが記された制作指示書を通じて、技術者によって実現されたのです。
ミニマリストたちによって、新たなアートのあり方が提示されていく状況のなかで、芸術制作において最も重要なのは、作品の構成を決定するコンセプトであるという考え方が現れはじめます。先述のソル・ルウィットは、1967年に「コンセプチュアル・アートに関する断章」というテキストを発表するとともに、制作のコンセプトそれ自体を積極的に公開していきます。1975年のフィッシャー・ギャラリーにおける個展の招待状(D)には、同展で発表された壁面ドローイングを制作するために、技術者に伝えられた制作指示が記されています。物理的な作品よりもコンセプト自体を重視していく態度は、数字の計算という思考の過程を提示するハンネ・ダルボーフェンや、起床時間を記した絵葉書を知人に毎日送り続けた河原温にも認められます。二人組の作家であるギルバート&ジョージは、自らを「生きた彫刻」とみなして、彼らの日常それ自体がアートであると考えました。それゆえ物理的な作品として残されるのは、彼らの行為の記録であって、たとえば《アーチの下で(ボックス)》(E)は、「歌う彫刻」として彼らが各地で実演した際の、記録写真や招待状などを収めたものです。
1960-70年代は、社会的な変革と連動しながら、アートにおける新しい価値観が次々に生まれた時代でした。そこで生まれた価値観や考え方は、今日の現代美術の源流をなすものであると言っても過言ではないでしょう。本展では、デュッセルドルフのノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館の全面的な協力のもと、フィッシャー・ギャラリーが保管していた貴重な作品や資料、ならびに日本国内に所蔵される主要な作品を通じて、全18作家の活動から1960-70年代のミニマル・アートとコンセプチュアル・アートを振り返ります。
――黒田和士(愛知県美術館 学芸員)
フィッシャー・ギャラリーにおけるソル・ルウィット《隠された正方体のある立方体》の展示 1968年 Photo: Fred Kliché
ソル・ルウィット《隠された立方体のための提案》制作年不詳 ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館
© 2021 The LeWitt Estate; Photo: Achim Kukulies, Düsseldorf
ソル・ルウィットの展覧会「4つの壁の4つの縁から生じる線」の招待状、1975年 ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館
© 2021 The LeWitt Estate; Photo: Achim Kukulies, Düsseldorf
ギルバート&ジョージ《アーチの下で(ボックス)》1969年 ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館
© 2021 Gilbert & George; Photo: Achim Kukulies, Düsseldorf
出品作家:カール・アンドレ、ダン・フレイヴィン、ソル・ルウィット、ベルント&ヒラ・ベッヒャー、ハンネ・ダルボーフェン、河原温、ロバート・ライマン、ゲルハルト・リヒター、ブリンキー・パレルモ、ダニエル・ビュレン、リチャード・アートシュワーガー、マルセル・ブロータース、ローター・バウムガルテン、リチャード・ロング、スタンリー・ブラウン、ヤン・ディベッツ、ブルース・ナウマン、ギルバート&ジョージ
2022年1月22日(土)~3月13日(日)開催
ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
時間/10:00~18:00※金曜日は20:00まで(入館は閉館30分前まで)
休館日/毎週月曜日
料金/一般1,400(1,200)円、高大生1,100(900)円、中学生以下無料
※( )内は前売券および20名以上の団体料金
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