丁寧に言葉や俳優と向き合う
戯曲『ねー』の演出とは―

SNSの匿名アカウントで告白されたとあるレイプ事件や、現代の病、社会の閉塞感などから着想を得て書かれた戯曲『ねー』。状況が悪化する中で生きる若者と、暗躍する既得権益の集団を描いたファンタジーが軸となった本作品の演出について、演出の今井朋彦に話を聞いた。
撮影/中垣聡

今井朋彦 Tomohiko Imai

俳優/演出家。1987年に文学座附属演劇研究所へ入所。翌88年に初舞台を踏む。2020年退団。第31回紀伊國屋演劇賞個人賞、第9回読売演劇大賞優秀男優賞、第62回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。近年の主な出演は舞台『真夏の夜の夢』、ドラマ『半沢直樹』、『緊急取調室』、演出家としては『メナム河の日本人』(SPAC)など。

2021年7月1日(木)に行なわれた稽古の様子。
作品序盤、3名の役者が登場するシーンの動きを幾度と変え、今井さんが最適な演出を探っているひとコマ。

第19回AAF戯曲賞受賞作『ねー』演出 俳優/演出家・今井朋彦インタビュー
「良い意味で“隙”がある戯曲をまとめるとどうなるかが楽しみ」

初めて作品を読んだ時の印象は?

 変にギュッと固まっていない“隙”がある作品だと感じました。例えば、さまざまなおかずが入ったお弁当に例えると、自分がもう1度、どうやって詰め直すとよりお客さまに届くのか―そんなことを考えました。以前、AAF戯曲賞を受賞した松原俊太郎さんは、自身のことを“ものを言う作家”と言っていましたが、小野晃太朗さんも松原さんとはスタイルや手つきは全然違いますが、かなり“ものを言う作家”だという印象です。最近、今の自分が生きている社会の状況や在り方にいろいろ思う瞬間が増えているのですが、僕は政治家でもコメンテーターでもない。舞台に出演したり演出したり、フィクションに携わることしかできないけれど、小野さんの“ものを言おうとする姿勢”には触発されました。自分よりも全然下の世代の方だけど、そういった方の作品に携われるのはありがたいです。

出演者はオーディションで決めましたが手応えはいかがでしたか?

 他と比較するのは難しいですが、みなさん、この戯曲に対してのモチベーションがすごく高いと感じました。自分が舞台に立ちたい、何でも良いから出演したいという方もいるのではと思っていましたが、『ねー』だから出たいという方ばかりだった。だからディスカッションをする稽古に繋げることができました。

読むスピードや声のボリュームを変えながらセリフ読みをしている様子。
言葉と向き合ってから動きを付けていくのが今井さん流の演出方法。

どのような稽古をしましたか?

 最初(6月8日(火)~17日(木))は、約1週間かけて19名全員で机を囲んで役を決めずにセリフを読み、「ここはこう思った」「私はこう思った」みたいなディスカッションをしました。役に対しての共通認識を持つためや何か結論を出すためではなく、19名がバラバラのフィールドから集まっていますし、お互いが何を考えているかを知るためというか。もちろん、それを知らなければ芝居ができないとは思わないし、普段は決まった役に対して演出家と話をして進めていきます。でも、今回は本稽古が11月なのに対して、プレリハーサルをかなり前の6月に設定してもらえた。贅沢な時間をいただけるからには贅沢に使おうと思って試しました。2度目の稽古(6月30日(水)~7月4日(日))では俳優さんに実際に立ってもらい、座る位置、話し方、歩き回るとどうなるかなど、いろいろなことを試させてもらいました。配役も決めたので、自分がこの役をやるという意識を持っての稽古でした。

稽古後に演出を変えた部分があったということでしょうか。

 頭の中で演出プランを巡らせることはできるけど、実際にはやってみないとわからない。普段、自分が俳優の時はどうなるか大体の見当がつくけれど、今回は演じるのが僕ではないので、実際にやってもらうと「おっと…!(そうきたか)」ということがあるわけです(笑)。それが悪いとか失敗ではなく、その方の身体と考え方とリズムがあるので、こちらの勝手な思いが表現できないのは当たり前だと思わないといけない。そこで逆にヒントをもらって、この方だとこのやり方で良い、この方はダメなんだとわかるのが、実はこちらとしては最大の収穫。僕にものすごくカリスマ性があれば別だけど、いろいろ寄り道しつつ、その方がその役を演じるのに1番良い方法を探っていったということです。

演出する上で小野さんと話したことはありますか?

 小野さんは、台本に直接関わらないミーティングも、聞きたいからと参加してくれました。その中で「そういうのも面白いですね」とか、稽古場に来て感じたことについてコメントをくれるんです。それをすぐ演出に反映するわけではないですけど、やはり作家ですから、この作品の根っこの部分。今となってはクリエーションスタッフの一員のようにいてくださるので、もらう言葉は自然と稽古場のサポートになっているというか。1人ですが、大応援団のような存在ですね。

小野晃太朗 Kotaro Ono

1988年福島県生まれ。劇作家/ドラマトゥルク。シニフィエ主宰。日本大学芸術学部演劇学科劇作コース卒業。演劇行為や現象を人間の社会的性質に重ねて戯曲に組み込み、“自身が思い付くことは、昔すでに考えられている”という前提でリサーチを行なっている。

【小野さんコメント】
稽古場の中にいる人たちすべての居方、聴き方、話し方のそれぞれが、それぞれのままそこにあって、声と沈黙が等しく響いているようでした。それぞれを差と言うとばらばらのようで、濃淡と言うとひとつなぎのよう。恐らくどちらもあるのでしょう。そこでは丁寧な旅支度が行なわれていました。多くの人に観てほしい。できればその後、無理なく人と言葉や沈黙を交わしてほしい。そんなことを願っています。

愛知県芸術劇場 プロデューサー 山本麦子

文学座で長年活動されてきた今井さんは、戯曲を深く読み込んで演出をしてくださる方です。また、自身でも演じる立場だからこそ、どうしたら俳優が生き生きとするかを考えながらオーディションで選ばれた俳優たちと創り上げる作品です。ご期待ください!

2021年11月21日(日)~23日(火・祝)開催
第19回AAF戯曲賞受賞記念公演『ねー』
場所/愛知県芸術劇場小ホール(愛知芸術文化センター地下1階)
時間/21日(日)は15:00~、22日(月)は13:00/18:30~、23日(火・祝)は15:00~
料金/一般3,000円、【U25】1,000円
※【U25】は公演日に25歳以下対象(要証明書)。
※未就学のお子さまは入場できません。21日(日)のみ託児サービスあり(有料・要予約)。

詳しくはこちら
11月20日(土)はゲネプロに高校生を招待。詳細はウェブサイト等にてお知らせいたします。

23日(火・祝)のみ

「ミニセレ」の特設サイトはこちら

戯曲『ねー』の概要・台本(PDF)はこちら

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