糸鋸でカットした多数の木の枝のパーツを、ひとつずつ取り付けては撮影することで枝が伸び、
空間に無限の可能性が生まれる現在制作中の作品の一部。

絵画から表現が止まらない映像へ。ドローイング・アニメーションで描く欲望とは?
トライアローグ展同時開催2021年度第1期コレクション展 映像作家/画家・石田尚志 インタビュー

点や線を1コマずつ描いては撮影するドローイング・アニメーションの手法を駆使して、「絵画」とは異なる“永遠に終わることのないあらゆる可能性を持った連続性による空間の変容”をテーマとしたインスタレーションを発表してきた映像作家・石田尚志。愛知県美術館所蔵の3作品の一般公開にちなみ、その創作活動やインスピレーションのルーツなどについて話を聞き、世界観と人物像を探った。
聞き手/愛知県美術館 館長 拝戸雅彦 撮影/海野俊明

石田 尚志

1972年、東京生まれ。映像作家/画家。窓からの自然光で変化する壁と自らのドローイングを組み合わせる映像などを、16ミリフィルムを含むさまざまな映像媒体で展開し、国際的に高い評価を得る。

作家になられた動機と沖縄での生活を通じて受けた影響は?

とにかく絵を描くことが好きだったことに尽きます。18か19歳の頃、遠くへ行きたいという気持ちがあり、縁あって沖縄に行きました。当時の東京はバブル末期。いろいろなものが変わっていくエネルギーが凄すぎて、何か浮足立っているようなことを感じていて。そんな時に沖縄で普遍的なもの、例えば海・太陽・月の満ち欠けといった東京で気づけなかったものを見つけることができました。特に光の強さと影の濃さは、東京では全部灰色なイメージがあったのに対して、太陽の光が非常に強くて影が輝いて青く光っているようでした。そういうことが凄い衝撃で、描くもの自体が大きく変わっていきました。沖縄で得た光と影の経験は大きいですね。

石田さんの祖父が保存していたという幼少期の作品。
小学生の頃から時間の概念に興味を持っていたことが分かるドローイングや、「今は描けない、子どもならではのカーブの描き方をしている(石田さん)」という作品も。

東京に戻られてからの活動は?

東京に戻ってからも作家活動を続けていたのですが、絵画に行き詰まりを感じ、パフォーマンスの方へ。ドローイングのパフォーマンスを楽しみ始めました。それは止めることが前提の絵画とは異なる経験でしたが、それ自体は作品として残せない。では残すためにはどうすればいいか?それが「映像」という方法だったわけです。

映像の勉強はどのようにされたのでしょうか?

技法はイメージフォーラム付属映像研究所で学びました。映像というのはカメラを置いたら遠近法になる装置なので、自由に遠近法の遊びができる。また、ある意味では止まってしまう絵画に対して、カメラの中で絵を描く欲望は永遠に止まらない。映像には欲望の自由がまだ残っているように思います。

石田さんにとって映像とは、どのような存在ですか?

映像というのは「もの」なのか「こと」なのか、非常にあやふやな存在だと思います。ただ作品を“普遍的なもの”として残したい。だから《3つの部屋》でやりたかったのは、ひとつの過程としての目標がカンヴァスにあって、同じ部屋の同じ位置で描いて3回とも違ったという結果が3つのものを残すということ。同じ場所で描いても違うルールで編集したり塗ったりすることによって出てきてしまった「もの」として並置してみたかった。同時に絵を描きたいという欲望が生んだ時間の複製という意図もあります。それと一方では、絵画という点としてひとつしか存在しないものへの限りない欲望と同時に絵画が変わり続ける恐怖というものも強烈にあります。

アトリエに飾ってある「バベルの塔」の油絵。
中学1年生の時に描かれた作品。「崩壊と生成が一緒東京のイメージです(石田さん)」。

映像は100年後には今と違うかたちで観られるということが起こり得ますよね。

確実に起こりますね。特に、ここ10~20年は、そういうことがいろいろなで形で起こっている。例えば、ブラウン管での映像経験が今では4Kになっている。古い番組を4Kにした映像を観ると当時とは質感が全然違う。また、劇場でも映画をデジタルのプロジェクターで観るようになって、フィルムで観る映画と随分変わってきている。そう考えたときに、16ミリ・フィルムで作った《フーガの技法》を、いろいろなところで上映して自分でもさまざまなところで観ているけれども、いろいろな場所でいろいろな席に座ることで、実はすべて違う経験をしている。言い換えると、それぞれの時代、それぞれの場所で無限に“新しい光”を探していけると思っています。さらに今は録音で音楽を流していますが、生演奏でやる方法もありますよね。今までとは違う経験ができるし、無限にバリエーションも生まれていきます。

石田さんの映像作品には完成形がないということですね?

はい。“途上にいる経験”が自分の欲望だと気づかせてくれたドローイング・アニメーションとの出合いは本当に幸運でした。《渦巻く光》で絵がグルグル回るのも描き続ける欲望。システムとしては、回転する大きなガラス板があって、それにちょっと描いたら、ちょっと回転させる。すると自分の位置から少しずれる。そうすると見えない新しい線の欲望が別のところに出てきて、欲望として完成させることなくずっと動き続ける。《海坂の絵巻》などの巻物系の作品もそうですが、自分が機械の歯車と一体化して意思を持ったミシンみたいな感じになる。描く行為を繰り返すことで次から次へと線が引き続けられる構造が、そこに組み込まれているわけです。

最後に、石田さんが考える“理想的な展示場所”はありますか?

幾つかの欲望があって、ひとつは人との出会いで展示作品が変わること。作品に直接関わっていなくても美術館の学芸員さん自体がコラボレーションになると思っています。展示場での作品は開放されていて作家自身はコントロールできないわけですから、それによって自分自身も驚きたい。「あいちトリエンナーレ2016」のときのように街の中へ出て行く経験がなければ、あの日銀名古屋支店の壁面へのプロジェクションでパフォーマンスをやるということは考えもつかない。そういう出合いが自分自身の作品の限界を超えていくという意味において、あらゆることがあり得る。皆さんにもそのあたりを楽しんでいただければと思っています。

愛知県美術館 館長 拝戸 雅彦

愛知芸術文化センターが制作依頼をした「オリジナル映像作品」として完成し、彼の出世作ともなった《フーガの技法》に、新たに収蔵された2つの作品《3つの部屋》と《渦巻く光》を加えて展示することで、石田さんの映像芸術の魅力を総合的に堪能できる良い機会、だと思っています。 

石田尚志の代表作《フーガの技法》のアニメーションを巨大な画面で音とともに。さらに《3つの部屋》を3つ のスクリーンで同時上映した上で、《渦巻く光》を床に投影。こうして、約23メートル四方の部屋に3つのブロックに分けて同時に展示上映。音がかぶり合い、「従来の上映形態と違い、投射される場に観客が加わることによって、全く別の作品にも見えてくる」と石田は語る。光と音に翻弄されるダイナミックな展示が見逃せない。

2021年4月23日(金)~6月27日(日)開催
2021年度第1期コレクション展「特集 石田尚志」
場所/愛知県美術館 展示室5(愛知芸術文化センター10階)
時間/10:00~18:00 ※金曜は~20:00(入館は閉館の30分前まで)
休館日/毎週月曜日(5月3日(月・祝)は開館)、5月6日(木)
料金/一般500円、高大学生300円、中学生以下無料
※企画展「トライアローグ 横浜美術館・愛知県美術館・富山県美術館
 20世紀西洋美術コレクション」のチケットでもご覧いただけます。
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