©Regis Lansac
古典の名作から現代的な振付まで…英国ロイヤル・バレエ団プリンシパルナタリア・オシポワがバレリーナの生涯と心情を魅惑的に表現
コンテンポラリー・ダンスの振付家、ピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団で活躍したメリル・タンカードが、バレエ・リュスの舞姫オリガ・スペシフツェワの生涯をもとに振り付けた『Two Feet』。舞踊・演劇ライターの高橋彩子が、ナタリア・オシポワが表現する『Two Feet』の魅力を語る。
ナタリア・オシポワ/メリル・タンカード 『Two Feet』
子供の頃、バレリーナの人形つきのオルゴールを見ながら夢の世界に浸った人は、特に女性には多いのではないだろうか。しかし実際のバレエの世界は、少女が夢見るほどロマンティックではなく、むしろ過酷で孤独なものだ。英国ロイヤル・バレエ団のロシア人プリンシパル、ナタリア・オシポワがオルゴール人形に扮して回る場面で始まる『Two Feet』は、ユーモアを交えつつも、そんなバレリーナの真の姿にドラマティックに迫っていく作品だ。
『Two Feet』は、オーストラリア人舞踊家メリル・タンカードが、20世紀初頭のロシア人バレリーナ、オリガ・スペシフツェワの人生にインスパイアされ、自身の体験も織り込んで自作ソロとして1988年に発表。2019年にオシポワのために作り直してアデレード・フェスティバルで上演した。スペシフツェワはバレエ・リュスやパリ・オペラ座などで活躍した美貌のバレリーナで、中でも『ジゼル』は代表作との呼び声が高かった。村娘ジゼルは恋人の裏切りを知って狂乱し、死して精霊ウィリとなるが、スペシフツェワ本人も34年のオーストラリアツアー中に精神に異常を来たし、20年間も精神病院に隔離されていたことで知られる。『Two Feet』冒頭のオルゴール人形の場面は、そのスペシフツェワが件のオーストラリアツアーで最後に踊った『カルナバル』のコロンビーヌをもとに創作されたもの。
オシポワは、このスペシフツェワと同じロシアで生まれ、国際的に活躍する点、『ジゼル』を当たり役としている点も共通している。ただし、繊細で不安定なイメージの強いスペシフツェワとは対照的に、強靭な身体を持ち健康的なイメージの強いバレリーナだ。彼女の溌剌とした姿は、『Two Feet』でもそこここで観ることができる。幼少期の映像ではいかにも利発で好奇心旺盛な雰囲気で撮影者に笑顔を見せ目配せし、子供向けのレッスンとして複雑怪奇な動きを強いられる場面や沢山のケーキと体重計との間での葛藤を憮然とした表情でユーモアたっぷりにこなし、自らへの批評・批判を跳ね飛ばすように『バヤデール』『エスメラルダ』『ドン・キホーテ』の見せ場を威勢よく踊り……。まるで彼女自身を想起させるような、こうした現代的な場面と、やはりオシポワが演じるスペシフツェワの場面とが、『Two Feet』では交互に挟まれる。スペシフツェワの場面では一転、雰囲気はシリアスになり、有名だった苛烈なバーレッスンほか、その哀しみや孤独なさすらいが表現される。
しかし、コントラストを成しているかに見える2つのイメージは、実は表裏一体だ。心身をすり減らしてバレエに奉仕し、多くの理不尽を超えて舞台に立ち、それでも日々プレッシャーに晒され続ける。それは全てのバレリーナに課せられた宿命なのだ。本作前半の最後の『春の祭典』の生贄の踊り、後半の最初にヘンデルの“オンブラ・マイ・フ”に乗せて祈るように踊るディヴェルティスマン、スペシフツェワと同時代のバレリーナ、アンナ・パブロワが踊った『蜻蛉』をもとにしたダンスなどを観ながら、観客は、オシポワとスペシフツェワの像が徐々に重なって行くのを感じるに違いない。そして圧倒的なのが、二人が十八番にした『ジゼル』の場面。何回か形を変えて挿まれるが、殊に終盤、古典バレエでは見られない趣向の中で、裸足で踊るオシポワが、スペシフツェワと一体になって命を燃やすクライマックスには心を鷲掴みにされることだろう。
二人のバレリーナを通して、バレエにまつわる様々な感情や局面を描き出す『Two Feet』。哀しく残酷で魅惑的で美しいその世界を、目に焼きつけたい。
高橋彩子(舞踊・演劇ライター)
©Regis Lansac
愛知県芸術劇場 プロデューサー 唐津 絵理
世界的なバレエダンサーのナタリア・オシポワがメリル・タンカードの振付で踊る貴重な来日公演です。オシポワ一人が古典の名作から現代的な振付まで何役も踊るので、さまざまな場面の踊りを一度に観ることができます。バレエが進化していくその背景にある歴史を感じながら、それぞれのシーンの最高の踊りをお楽しみください。
2021年9月10日(金)・11日(土)開催
ナタリア・オシポワ/メリル・タンカード 『Two Feet』
場所/愛知県芸術劇場大ホール(愛知芸術文化センター2階)
時間/10日(金)は19:00~、11日(土)は14:00~(上演時間は各約90分)
料金/10,000円 ほか
※3歳以下のお子さまは入場できません。
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埼玉公演
9月16日(木)~19日(日) 彩の国さいたま芸術劇場