REVIEW 劇場
愛知県芸術劇場芸術監督 勅使川原三郎新作ダンス『ワルツ』

明日へ向かうワルツ

ワルツと言えば、眩しく輝くシャンデリアに照らされた宮廷舞踏会を思い浮かべる人が多いかもしれない。花と宝石で飾り立てた女性がタキシードを着た紳士とペアで、典雅に踊る姿。実際は、庶民が好んだダンスで、王侯貴族の間では軽蔑されていたというが。

勅使川原三郎が披露したワルツには両方の世界の雰囲気が漂っていた。しかし、彼が目線を向けているのは、遠い過去ではない。おそらく、ワルツでもない。驚いたことに、相手を抱きながら回転することは元よりペアを組むことも、三人の身体(からだ)が触れ合うことも一切なかった。勅使川原のワルツは、初期のワルツの最大の特徴である陶酔感と開放感に溢れているが、彼は単純な三拍子から異なる時空にある物語を生み出したのだ。そして、力強いソロが観客を独特な世界に引きずり込む。

陶酔状態で踊る佐東利穂子とハビエル アラ サウコは、脇役というよりも、その物語を語る一つの声に例えることができる。二人の踊りは生気のある風車(かざぐるま)や草原を飛び跳ねる野ウサギ、銀髪が波に揺れる人魚を登場させる魅力がある。

舞台には小道具一つ置かれていない。ただ黒いだけ。舞台美術を担っているのは照明だ。子どもが黒板にチョークで好きな絵を描くように、照明の光がさまざまなイメージをかき立てる。ダンサーたちが踊る広場や走っていく石畳の道、酔っぱらいがよたよたと歩く路地、小さな楽団を載せた船が行き交うドナウ川の煌(きら)めく水面(みなも)。

観客の心の琴線に触れる音楽も効果的だ。哀愁を帯びた調べやロマンチックな曲節、音が重なるようなリズムの荒い曲は、真っ直ぐに進むはずの時間の線を僅(わず)かに歪め、アコーディオンの旋律は、ドナウ川の流れと共にウィーンからブダペスト、バルカン半島のベオグラードに移動して、怪しい裏町の宿屋にいるような錯覚を起こさせた。

「世界を支配する不合理は、止めどもなく我々に迫り来る」と勅使川原は言う。その懸念がはっきりと示されるのはラストシーンだ。三人が肩を並べて舞台奥から客席の方へ向かってくる。同時に黒幕がゆっくりとだが、ギロチンのように、確実に降りてくる。三人は観衆が息を詰めて見守る中、歩む速度を変えず、黒幕が落ち切る前に舞台前にたどり着いた。

観衆のあたたかい拍手は明日につながる扉を叩く音に聞こえた。勅使川原のワルツが見せた、進むべき道はその扉の向こうにあるかのように。

REVIEWER チコーニャ・クリスチアンさん

イタリア・ヴェネツィア生まれ。カ・フォスカリ大学東洋語東洋文学部を卒業後に来日。日本の現代舞台演劇とコンテンポラリーダンスを探究中。

愛知県芸術劇場芸術監督 勅使川原三郎新作ダンス『ワルツ』
2023年7月16日(日)・17日(月・祝)
場所/愛知県芸術劇場大ホール(愛知芸術文化センター2階)

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