生き直す写真
三田村光土里

2003年東京をはじめ、フィンランド、オーストリア、ドイツ、北アイルランドへ。
各国を巡回した《グリーン・オン・ザ・マウンテン》は三田村光土里の代表作とも言える作品だ。
21年に地元の愛知県美術館で新収蔵され、来名取材が実現。
聞き手/愛知県美術館 館長 拝戸雅彦 撮影/千葉亜津子

三田村光土里 Midori Mitamura

1964年愛知県生まれ、東京都在住。1990年代半ばから、東京で作品を発表。写真や写真のイメージを日用品などに転写したものを用いて、今ある日常と記憶の中の時間とが共存する空間を生み出してきた。宿泊しながら作品を制作する、朝食付きのアートプロジェクト「Art & Breakfast」シリーズをはじめ、世界各地で精力的に活動。

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写真と現代美術がクロスオーバーする空間──

拝戸(以下、拝) 三田村さんは元々、写真家か現代美術家かどちらを目指していたのですか。

三田村光土里(以下、三) 写真は趣味で、名古屋のファッション専門学校生のころに好きな廃墟を撮っていました。東京に行ってアパレルのデザイナーになるんですけど、友人が勤めていたアーティストのスペースで現代アートに触れ、「私のやりたい表現の場所はここだな」と。29歳で会社員をしながら写真学校に通い、本格的に向き合うようになりました。

拝 アパレル出身だったのですね。写真の世界と近いように見えます。

三 そうですね。仕事の資料にしていた海外雑誌には写真家のファッションフォトがたくさんあり、洋服を見せるんじゃなくて、洋服を着ている女性像と世界観を表現していました。20代前半でそういうものに常に触れていたのは大きかったかもしれないです。

拝 《グリーン・オン・ザ・マウンテン》は03年東京都写真美術館「日本の新進作家展 vol.2 幸福論」で最初に発表されました。そこから海外巡回の経緯は。

三 フィンランドの写真関係者が私の展示を見て、「個展を企画したい」と希望してくれて。フィンランドの3か所の写真センターでインスタレーションを展示していくことになり、05年に文化庁の研修制度を利用して1年間フィンランドに滞在しました。

拝 90年代後半から写真の技法を使った現代美術が増えてきましたよね。

三 日本ではそうなのかも。ヨーロッパはもっと共存していたので、ギャラリーや写真センターでこのような写真を使った造形作品を見せようということになったんだと思います。

かつての家族の風景が70年の時を経て現在へ──

拝 本作は90年代以降の美術動向を示す好例。近年当館での収蔵が増えている写真作品とも接続可能で、今後効果的なコレクション展示が期待できます。インスタレーションの主軸に据えたのは、30年代のある家族の風景を写したネガフィルムの束からいくつかの写真をプリントしたもの。

三 家族写真を使ったファウンド・フォト作品の制作をしていたときに、石原悦郎さん(ツァイト・フォト・サロン創始者)がベルギーの蚤の市で入手されたネガを「君なら何かに使えるんじゃないか」と譲ってくださったものです。東京都写真美術館の新進作家展の幸福論というテーマの新作を、この写真を見て考えた「幸せって何だろうか」ということと関連付けました。

拝 三田村さんは写真の技法を使って、何を表現しているのか。どんな思いがあるのでしょう。

三 その人たちが昔生きていたんだろうなぐらいの感じで、命を宿したくて。私の元に届く前にもういない人たちを考えると、古い写真という存在をそのままプリントしてしまうと過去のものでしかないですが、このような立体なり、ただの紙焼きじゃない空間の中に再構成することで、その人たちの命がもう一回現れたかのように、よりリアルに感じられるんじゃないかな。モノクロに色を加えてみたり、時計が秒針だけ逆回りで動いていたり。パラレルワールドで時空が並行し、過去の時間もあるイメージです。

拝 山あり谷ありの構図がドラマチックなアルプスでの集合写真をはじめ、屋外の風景を室内化しているのも特徴的ですよね。そもそも家族って屋内の近い距離にいる感じだけれど、風景がインテリアに乗り移ってここにある。非常に不思議な関係なのにホッとする。さらに緑の色を与えることでエモーションを掻き立て、今そこにいない人をもう一度再現する以上のことが行われている。イメージそのものが蘇り、憑依していく風景があるようです。

三 最近は生き直すっていう言葉に手垢がついてるんですけど、すごくぴったりな言葉だなって思います。生き返るとは違うし、良い表現ですよね。

海外でも高く評価された インスタレーション──

拝  三田村さんを通して、ヨーロッパの家族の様子が蘇生された。単純に姿を再現するというより、生きた時間を再生する感覚。

三 ヨーロッパのいろいろな都市を回った展示は、感情移入してくれる人が多くて。ウィーンのセセッション館でも、皆さんが口々に「すごく良かった」と言って帰ったらしく、そんなことは今までなかったと聞きました。観光地なので、多分芸術として評価するというよりも、一般の方にはわかりやすかったのでしょう。ヨーロッパ人にとって、ヨーロッパの古い写真は見慣れた当たり前のものじゃないですか。なので、どう見えているんだろう、白けるのかどうなのかが疑念だったんですけど、全く別のものとして入り込める要素ができていたのかなと思っています。

拝 アナログのフィルム時代とデジタルカメラが主流の今では、写真をめぐる状況が大きく変わっています。当時のようにネガを渡されて、「これでやってください」とキュレーターに言われたら同じことを考えられますか。

三 ネガ次第です。ネガだから何かしようと思ったのではなくて、やっぱり写っていたものに惹かれたので。ファウンド・フォトや作品として撮られていない濃密な人の営みが写り込んでいる写真に価値というか美しさを感じていて、美術作品にしています。

「日本で作品を見せたかったので、里帰りではないですが、移動の着地点が愛知県美術館なのはとても良いこと」と三田村。23年度第2期コレクション展(9月終了)で公開された。

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