REVIEW 美術館 近代日本の視覚開化 明治
─呼応し合う西洋と日本のイメージ

博物館と美術館の連携により生み出された「視覚開化」

日本が諸外国と公的な貿易を再開したとされる「開国」状態となって、ほどなく始まった明治期。西洋から水彩・油彩画法、写真術、印刷術など、それまでの日本では見られなかった新たな技術が次々ともたらされ、造形表現を展開する美術家たちに衝撃を与えたことは想像に難くない。本展は、明治という変革の時代を生きた人々がいかに新旧技術を融合し、新たな視覚文化を創出したかを見せるものであったと思う。

さて、こう記すとこれまで多くの美術館・博物館で開催されてきた明治展との差異がわかりにくいが、筆者は以下の2点を強調したい。一つは、東京中心ではない愛知、つまり地方における明治の造形の有り様も紹介していること。油彩の河野次郎、写真の宮下欽、彫刻の小栗令裕など、東京で美術教育を受けたものが愛知に当時最新の視覚文化・技術をもたらし、後進に受け継がれる様が実作品により示された。もう一つは博物館資料の積極的利用だ。得てして、美術館は造形的に優れたとされるファイン・アートを中心に展示しがちだが、本展では石版技術による出版物や、西洋由来の遠近法を用いた地図なども取り上げている。こうした周縁とも言える資料を活用し、従来見落とされてきた同時代の造形にも光を当てたことは意義深いと感じた。

明治期の美術の流れは愛知に限らず、各地の美術館が取り組むべきテーマ。その際、博物館の協力が不可欠であることは論じるまでもない。美術という枠組みに囚われるだけでなく館同士の連携を進め、より鮮明に明治の造形理念が明らかにされることを望む。

明治時代に造語された「美術」という言葉でくくられる狭い意味ではないダイナミズムをありありと提示する本展を拝見し、「視覚開化」されたのは他でもない現代を生きる筆者自身であった。お後がよろしいようで。

REVIEWER 田村允英さん

北海道立函館美術館学芸員。近年の主な企画に「来し方行く末 道南美術のクロニクル」(2022-23年 北海道立函館美術館)。

近代日本の視覚開化 明治──呼応し合う西洋と日本のイメージ
2023年4月14日(金)~5月31日(水)
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)

展覧会ページはこちら

REVIEW 劇場 キッドピボット『リヴァイザー/検察官』

具象と抽象のはざまで―キッドピボット初来日


カナダのダンスカンパニーKIDD PIVOT(キッドピボット)の初来日公演。ゴーゴリの『検察官(REVISOR)』を題材にした本作は、8人のダンサーたちの軀(からだ)が、時に多弁的に、時に美しく躍動し、濃密な、えもいわれぬ余韻を残す作品だ。演出・振付を担当したクリスタル・パイトの作品は初見だったが、彼女の計算され尽くした緻密な振付と、そこから紡ぎ出される作品そのものの有機的でダイナミズムな世界観に魅了された。

舞台は前半と後半でモードが異なるが、終始、ジョナソン・ヤングの言葉(テキスト)が流れる。前半はサルトルの『出口なし』を彷彿とさせるような密室で、怒涛の対話が全身で表象される。ダンサーたちはリップシンクという、いわば口パクで、自身の台詞をなぞりながら当て振りを行っていくが、これが見事。事前に録音された台詞がアップテンポで流れるなか、それを口パクするのさえ大変だと思うが、それに加えてダンサーの全身を用いた誇張的な動きが驚くほどのスピードで展開していく。過剰なほどの多弁の表象に、この場が「笑劇」と称されるのも納得だが、決して乱れずアルゴリズムに動くダンサーたちの技が秀逸だ。

観客の耳に聴こえるテキストは英語だが、日本公演では日本語字幕がついた。当初は字幕を追ってテキストの意味を理解しようと努めたが、途中から字幕を追うのをやめると、リズミカルな言葉は音楽のようにも聴こえ始めた。言葉という音にのるダンサーたちの軀は、主体的な動きというよりは、自身の台詞に操られるかのようにメカニックだ。この言葉と軀の関係性が面白い。

前半が具象だとすれば、後半はその具象のさらなる深遠へ、抽象的な無意識の世界へ誘われる。多弁から解放されたダンサーたちの軀は、空間に委ねながら、激しく絡み合ったり、スローに動いたり、暗闇のなかで美しくも不気味に連舞する。途中、“The subject is moved.”というフレーズが繰り返されるが、ダンサーたちは動いているのか、あるいは動かされているのか...?この作品に通底するテーマだが、それは同時に言葉と軀を持つ私たちの振る舞いへの問いでもある。真と偽、正と不正、光と闇、私たちの社会が内包する二元の世界のはざまで、私たちのスタンスそのものも問われる。

具現と抽象を自在に行き来しながら、視覚、聴覚、想像力といった私たちの感性を揺さぶるクリスタルの作品は、実に示唆に富んでいた。演劇やダンスというジャンルを超えて、実験的な精神にあふれたパフォーミング・アーツを久しぶりに観た思いで、その幸福に浸った一夜だった。

REVIEWER 田中綾乃さん

三重大学人文学部准教授・哲学研究者・演劇評論家。

キッドピボット『リヴァイザー/検察官』
2023年5月19日(金)
場所/愛知県芸術劇場大ホール(愛知芸術文化センター2階)

公演ページはこちら

記事の一覧に戻る

BACK NUMBERバックナンバー