REVIEW 美術館 2023年度第1期コレクション展

藤井さんちの手作りで趣味良い暮らし 藤井達吉と家庭手芸

地元愛知の大家、藤井達吉翁。藤井を慕い支援した世代によるこの作家像に対して、そこから距離をとれるようになった世代には、大正昭和初期の東京時代とそこに端を発する問題群こそが面白い。実際、その奔放で直感的にもみえる言動は、今につながるさまざまな議論の糸口を与えてくれる。本展が、藤井の「手芸」の仕事にフォーカスし、1400件以上に及ぶコレクションがありながら、あえて篠、房、桑の三姉妹および姪の悦との共作や彼女たちの作品に多くを割いているのもそのせいだろう。

そもそも手芸は、近代以降、女子教育とセットで概念化されたといっていい。そして、都市労働者の増加に伴い核家族化が進むなかで誕生した「家庭の主婦」なる存在には、手芸によって「暮らし」に彩りを与えることが大いに期待された。してみれば、正規の美術教育を受けていない藤井が『主婦之友』誌上で素人の主婦向けに手芸を指南し、実作では姉妹たちの協力を得て、「藤井一家」として白木屋で手芸の展示をしたのも、いかにも時代の出来事だったといえるだろう。このある種の卑近さを思うと、本展タイトルの「藤井さんち」との物言いが妙に的を射ているのがわかる。

本展は一見穏やかな家族展の体であるが、藤井と姉妹たちの作品が一緒に並ぶ会場は、作品とは、評価分類とは何かという問いへと私たちを誘う。作品リストにおいて、藤井作品がどれも工芸なのに対し、篠の力作屏風が全て資料に分類されているのは、40年以上前に遡る収蔵時の作品評価の名残である。しかし実作品をみれば、姉妹たちの高い技術と凝った表現は一目瞭然で、藤井の拙さこそがむしろ際立つ。このズレは、かつては藤井が指導したという主従関係によって説明されてきたが、しかしコンセプト>製作、理論>技術という見方は、近年とりわけ、女性作家の活動や応用芸術を介して積極的に問い直されてきたものでもある。藤井と姉妹の双方向的な関係にもこの問題は当てはまるだろう。

そして関連企画された現役作家たちの協働の手芸展示に、思わず同様の問いを促される。作家にとって、美術館にとって、モノそれ自体は作品として登録し得るのだろうかと。それらはあくまでもプロジェクトとして、あの場でのみ仮初(かりそめ)に作品として成立するしかないものなのだろう。

こうして美術館にいながら、美術館に登録されることのない制作の豊かさについて考える。祖母の刺繍のクッションカバーや母の手縫いのコースターを思い出す。そして藤井一家の例に始まり、今に連綿と続く趣味の手芸という本展の語りを通して、100年はまだ容易につながることのできる時間だということもまた実感するのである。

REVIEWER 千葉真智子さん

豊田市美術館学芸員。

2023年度第1期コレクション展
2023年3月21日(火・祝)〜5月31日(水)
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)

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REVIEW 劇場 全国共同制作オペラ
マスカーニ:歌劇『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』&
レオンカヴァッロ:歌劇『道化師』

オペラ芸術の復権促す上田久美子の「革命」


上田久美子演出の『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』と『道化師』は、芸術という権威的なお題目を前に、オペラというアートが失いかけていた命のありかをあらためて突きつけた。歌手ばかりではなく、ダンサーやお笑い芸人までが自在に集うユートピア。音楽を軸に、当代最高のアーティストたちの感性を束ねる究極の精神の共同体として、オペラを再生する。音楽業界の住人だけでは決してなしえない「革命」だった。

どことなく古代ローマの石造りの街並みを彷彿させるモノトーンの舞台は、群衆という装置を得て、だんじり祭りやナイター、大衆芝居といった多様な賑わいの空間へ、瞬間的かつ鮮やかに変容し続ける。時空を超えるジェットコースターに乗せられたかのよう。

『トスカ』や『ラ・ボエーム』のように、教会や復活祭が若者たちの恋の舞台となる欧州的な感覚を、現代の日本人が自然に抱くのは困難だ。では、どうするか。上田は自らが生まれ育った関西の町の風景に、思い切って軸足を置いた。一つの地にどっしりと根ざす彼らの日常に、異質の共同体である大衆芝居の一座が乱入する。若者たちの切実な恋物語を前景に、「場」を礎とする共同体と、「場」を持たぬデラシネである全く異質の共同体との出会いと崩壊、そして再生の、息をのむようなドラマが多層的に展開する。

上田は幼い頃から、田舎特有の閉鎖的な娯楽の風景に違和感を抱いていたという。人々の多様なありかたを認め、無数の緩やかな共同体を実現できる劇場に、いつしか希望を見るようになる。最初に足を踏み入れた宝塚こそ、極めて強固な共同体意識に支えられた組織だったが、一人ひとりのスターの輝きのありように真摯に心を向け、作品世界を中心とする新たな共同体を築く挑戦を諦めなかった。

ファンたちが自らの「推し」を叫び、熱狂するナイターのシーン。これこそがまさに、上田自身が生きてきた世界の写し絵といえるだろう。自分自身の人生をも潔く作品に投入することで、上田はこの2作を現代のヴェリズモ(真実)として豊かにアップデートした。私たちの社会は「自分」と「他人」じゃなく、もっと曖昧に溶け合った集団である、と上田は述べる。劇場は「現実で起こってはいけないこと」の解放区であり、多様な疑似体験をもたらす装置でもある。ゆえに、他者への想像力を培う触媒になる。世界にもっと、精神の解放区を。祈りにも近い上田の覚悟と闘いを前に、ただただ打たれた。

REVIEWER 吉田純子さん

朝日新聞編集委員。和歌山市生まれ。東京藝術大学音楽学部楽理科、同大学院音楽研究科を経て現職。

全国共同制作オペラ
マスカーニ:歌劇『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』
& レオンカヴァッロ:歌劇『道化師』
新演出/イタリア語上演、日本語・英語字幕付き
※東京芸術劇場と愛知県芸術劇場による共同制作

2023年3月3日(金)・5日(日)
場所/愛知県芸術劇場大ホール(愛知芸術文化センター2階)

東京公演:2023年2月3日(金)・5日(日)
場所/東京芸術劇場コンサートホール

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