【おでかけAAC】
豊田の歌舞伎文化を今に伝える
山里に息づく農村舞台

アート・文化施設やモノづくりの現場にでかけてレポートする「おでかけAAC」。
今号は、地元の人々によって大切に守り受け継がれている豊田市の「岩倉神社農村舞台」へ。
知る人ぞ知る愛知の文化観光スポットを愛知県芸術劇場インターンシップ生とともに訪ねた。
撮影/千葉亜津子

豊田市有形民俗文化財
岩倉神社農村舞台
愛知県豊田市中金町平古
https://toyota-nousonbutai.jimdofree.com/

1808(文化5)年建立。正面に太く長い虹梁を架け、中間に柱がない広い間口を構える。境内の客席は舞台が見やすいように、地面の勾配を巧みに利用。壁には寄付者の芳名板がずらりと並び、地域の協力による平成の修復事業を物語る。名古屋IC・豊田市街地から車で約30分の飯田街道(国道 153号線)近く、豊田市中央部の石野地区にたたずむ。

写真左より、「石野歌舞伎保存会」会長の安藤一義さん、「中金町農村舞台保存会」会長の鈴木秀文さん、愛知県芸術劇場インターンシップ生の加藤百華さん、「岩倉神社」宮司の鈴本昭彦さん。

江戸時代から歴史を刻み、
地域をつなげる娯楽の殿堂

まず初めに、農村舞台とは。江戸時代後半から昭和初期にかけて、日本全国各地の農山村の神社境内などに建てられた野外舞台で、村人の娯楽の場として神事や芸能が演じられてきた。こうした舞台が豊田市内には82か所現存し、これまでに失われてしまった舞台を含めると、その数はなんと130以上。実は全国屈指の農村舞台の多いエリアなのだ。数ある中でも今回は200年以上の歴史を誇り、市内唯一の現役で農村歌舞伎を上演する「岩倉神社農村舞台」へ。のどかな山里風景が広がる現地では「岩倉神社」宮司の鈴本昭彦さん、「石野歌舞伎保存会」会長の安藤一義さん、「中金町農村舞台保存会」会長の鈴木秀文さん、「豊田市文化振興財団」文化部文化事業課の岡本晴貴さん・光武真也さんに温かく迎えていただいた。

名木アカメヤナギがそびえる神聖な気の漂う境内で、本殿に向かって立つ農村舞台は威風堂々とした存在感。江戸時代後期に建てられた市内で一番大きい舞台で、本格的な歌舞伎の舞台が上演できる機能を備える廻り舞台や奈落の迫力に思わず息をのむ。

歌舞伎らしい場面に花を添える車や、舞台両袖の太夫座など細部まで見どころ多数。

廻り舞台の真下には昔ながらの奈落があり、大人の裏方8人が力を合わせて手動で回転させる。

昭和30年代までは歌舞伎や芝居の興行が盛んだったが、その後のテレビやレジャーの普及で使用頻度が減り、屋根も壁も老朽化。中金町の区民全員協議会で修復を決定し、2001(平成13)年に大改修工事が完成して往年の姿が見事に蘇った。こけら落としの記念興行で、素人の有志が演じる地芝居を再開。以来、毎年10月の定期公演を実施し、04(平成16)年に石野歌舞伎保存会が結成された。特に「こども歌舞伎」の人気は絶大で、家族や親戚が集まって大いに盛り上がるのが秋の風物詩だ。

小原歌舞伎保存会の指導を仰ぎ、石野歌舞伎が02(平成14)年に初公演を行った。

昔と今、そして未来へ。生きる舞台として「岩倉神社農村舞台」があるのは、石野地区をはじめ、さまざまな人が支えているからこそ。そこに関わる思いを一人ずつに聞いてみた。「神様への奉納芸として、毎年盛大に定期公演を行う自慢できる舞台です。皆さんの続けていきたいという熱意があり、石野歌舞伎を通して地域の人や家族とコミュニケーションが取れる。子どもたちも喜んでやってくれているのが非常にうれしいです。これからも大切にしていきたいですし、将来的には衣裳と道具の収納部屋を併設して、日常的に皆さんが足を運んでくださる資料館の実現を目指しています(鈴本さん)」。「秋の公演に向けて、6月に顔合わせと台本の読み合わせ、7月に花道ができた舞台で動きの稽古を進めていきます。子どもたちは演目『白浪五人男』のセリフを全部覚えていて、自分たちで話し合って配役を決めることも。公演後は必ず鳥居の前でみんなで写真を撮るんです。今頭を悩ませているのは他の地域と同じですが、会員が全然増えないことと、担い手不足をどうするか(安藤さん)」。


石野歌舞伎「農村舞台芸能まつり公演」の様子。近世以来行われてきた地芝居本来のかたち・風情を見ることができる。

「施設を維持管理する中でも活用を重視して、歌舞伎保存会会長の安藤さんと協力していかなければと思っています。農村舞台は定期的なメンテナンスを行わないとまた大改修工事の必要が出てくるので、使って傷んでいるところをケアしていくのが大事。金銭的な面も含め、市にも相談してどのようにしていくかは今後の課題です(鈴木さん)」。「豊田市文化振興財団としては石野歌舞伎・小原歌舞伎・藤岡歌舞伎の3団体による豊田市農村歌舞伎保存会の活動を支援していきたいのがまず一つ。豊田の農村舞台では、10年前から農村舞台アートプロジェクトを始めました。ただ会場を利用させていただき、舞台芸術・アートの展示をするのではなく、文化資源を活用する企画がきっかけとなって世代間や近所のつながりが生まれ、地域の育みになるような事業をしていきたいです(岡本さん)」。

ここに来て・見て・聞いて・感じて、農村舞台の魅力を知る。岩倉神社の祭礼の前夜祭として毎年行われる「農村舞台芸能まつり公演」の今年は10月7日(土)に開催。石野歌舞伎のほか、吟剣詩舞やダンス、バンド演奏の上演も。秋の自然も楽しみに、誰でも気軽に行ってみてほしい。

加藤百華さん

愛知県内の大学で多彩な表現や舞台芸術を学ぶ。インターンシップに参加して4年目。

「子どもたちは本物の衣裳やかつら、メイクで歌舞伎役者になって大勢の観客の前に立ち、地域や歴史にも触れられる一つの舞台でとても良い経験ができそうです。神様の祀られている本殿に向かって舞台が造られているのは珍しく、廻り舞台が今でも使用できたり、楽屋口にしめ縄が飾られていたり、誰でも使える農村舞台の工夫と神社ならではのところも発見。豊田市自体がすごく広いので地域ごとに文化があり、市内で交流できるのかなと思いました」。

豊田にある他の農村舞台

六所神社(松平)

磯崎神社(藤岡)

諏訪神社(足助)

小原交流館内「豊田市歌舞伎伝承館」では、江戸時代から続く農村歌舞伎の文化や歴史を衣裳や小道具などの資料を通して紹介する。ウェブサイトもチェック。

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