宮戸松齊『尾張名所図絵』1890(明治23)年より「愛知県博物館」

明治の愛知には、
県立の博物館があった!?
幻の愛知県博物館

美術工芸、歴史、衛生、教育、農林水産、工業、鉱業など、国内外のあらゆるジャンルの物品を
集め並べたこの場所は、現代の私たちがイメージする博物館とはずいぶん違っている。
何を集め、どのように見せるのか。試行錯誤の時代のミュージアム活動を、多彩な資料を通じて紹介。

あらためて、博物館って
どんな場所なのかを考える

愛知県は現在、県立の総合博物館を持っていません。けれども明治時代に遡ると、実はこの地に愛知県博物館は確かに存在していました。1878(明治11)年、内外の物産を収集し、人々の知識を増やして技術の進歩をはかるため、県は民間からの寄附金を集めて名古屋・総見寺の境内に博物館を建てました。当初は民間主導の株式会社として出発しますが、資金集めに苦労したため、5年後の1883(明治16)年には県直営の施設となります。

当時はまだ博物館とは一体どういう施設なのか、イメージが人によってまちまちでした。廃仏毀釈の嵐を経て、古く貴重な文物を保護して後世に残すための施設にするのか、はたまた欧米列強を凌ぐ技術や産業を興すために、国内外の先進的な製品を展示する施設にするのか。またそれは広く一般の人々を対象とすべきか、あるいは学校教育のなかに組み込むべきなのか。明治政府の方針も大いに揺れていました。そんな博物館や文化財をめぐる紆余曲折を象徴するのが、名古屋城の存在です。

版籍奉還後、陸軍の実用的な施設に作り替えられた名古屋城にとって、天守を飾る金鯱はいわば「無用の長物」。一尾は東京、名古屋、金沢、京都、愛媛と全国の博覧会場を巡り、もう一尾ははるばる海を越えウィーン万国博覧会まで旅をしました。城から離れ、多くの人目に触れた鯱はかえってその価値を広く認められ、地元の熱望もあって、ほどなく天守に無事戻ります。一方、城自体も全国屈指の名城として永く保存すべきだという声が次第に大きくなりますが、陸軍はその維持管理費用を負担しきれず、ついに1893(明治26)年、宮内省に明け渡しました。こうして名古屋城は「名古屋離宮」となり、1930(昭和5)年に名古屋市に下賜され国宝に指定されるまで、一般の人々の立ち入れない場所となりました。

そんな時代に、愛知県博物館は能楽堂や美術館、陶磁器図案所、動物園と、次々施設を増やし、総合博物館としての体裁を整えていきました。そして1911(明治44)年には愛知県商品陳列館としてリニューアル・オープン、産業振興のための施設という性格を一気に強めます。農商務省から迎えた敏腕館長・山口貴雄は「口なき陳列品が却って万事を説明する」ことを理想とし、観覧者が展示品を直感的に理解できるようイラストや模型、動態展示などを積極的に取り入れました。これは今日のミュージアムの展示手法にもつながっています。

残念ながら、愛知県博物館やその後の商品陳列館が収集した資料のほとんどは失われてしまいました。しかしその機能の一部は、子どもから大人まで楽しめる社会科見学の行き先として現在人気を博している、多くの企業ミュージアムにかたちを変えたとも言えます。本展でご紹介する、明治から昭和初期にかけての博物館活動にまつわる多彩な資料を通じて、総合的な産業技術博物館としてありえたかもしれない、幻の愛知県博物館の姿を想像してみてください!

愛知県美術館 学芸員 副田一穂

門扉の向こうには、
どんな世界が広がっていたのか...

宮戸松齊『尾張名所図絵』1890(明治23)年より「愛知県博物館」
1893(明治26)年 愛知芸術文化センター愛知県図書館

赤銅の瞳に睨まれちゃあ、
江戸っ子だって腰抜かす

昇斎一景《東京名所三十六戯撰 元昌平坂博覧会》1872(明治5)年
名古屋城振興協会

ドイツ人捕虜の技術力、とくとご覧あれ

絵葉書「名古屋俘虜収容所俘虜製作品展覧会」1919(大正8)年
名古屋市博物館

「写実的神秘派」、愛知に来たる!

岸田劉生《高須光治君之肖像》1915(大正4)年 愛知県美術館

明倫中学の博物館には、
徳川侯が持ち帰った(?)アイヌ資料が

ユーラップ・アイヌの鮭皮靴 明治大正時代 学習院大学史料館

海外のトレンド陶器を、商品開発の参考に

大公立マヨリカ・マニュファクチュア《エッグセット》1931(昭和6)年購入
国立研究開発法人産業技術総合研究所中部センター所蔵
愛知県陶磁美術館管理

2023年6月30日(金)~8月27日(日)
幻の愛知県博物館
Aichi Prefectural Museum That Might Have Been
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
時間/10:00〜18:00※金曜〜20:00(入館は閉館の各30分前まで)
休館日/毎週月曜日(ただし7月17日(月・祝)は開館)、7月18日(火)
料金/一般1,000(800)円、高大生800(600)円、中学生以下無料
※( )内は前売券および20名以上の団体料金

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