REVIEW 劇場「第19回AAF戯曲賞 受賞記念公演 『ねー』」

頼りないけれど、暴力に抵抗する切実な言葉

 さまざまな暴力が描かれる。と言っても、殴り合いのような直接的な表現のシーンは一切ない。子供を傷付けられた親が誓う犯人への復讐、妻が感じる夫の強制や支配、勇気を振り絞って人前で話した時に受ける半笑いや無視、見ず知らずの相手を決定的に痛め付ける人の悪気のなさ──。異なる種類と濃度の暴力を含んだ“点”が並べられ、それらが“線”になる時、加害者と被害者の境界は曖昧になり、観客はどちらにも属しうる自分を発見する。それは、直接的な暴力表現を直視するよりも勇気が要る、自分の内面をのぞく体験だ。
 けれども小野晃太朗の戯曲の真の凄みは、淡々としたトーンで、つまり声高になることなく、暴力に抵抗する唯一の方法として他者との対話を繰り返し提示していることだ。暴力のバリエーションや複雑さに比べて、それはあまりに頼りない。傷付いた若者が共同生活を送る施設に、彼らを邪魔に思う大きな組織から使者が訪ねてきて「話し合いをしましょう」と持ちかけるシーンでは、話し合い=民主主義というシステムさえ、もはや弱者の味方ではないことが示される。それは、暴力を振るわなければ加害者ではないと言えるのかを観客に問う。そして何人かの登場人物は、傷を負うのを承知で行動する。わかり合えない人と対話することが考えうる唯一の、ひどい世の中を良くしていく方法だから。作品タイトルはその呼びかけだ。複数の場所が並列で描かれ、構造を説明するせりふもないので、全体の把握に時間がかかるが、今井朋彦の演出はどのシーンも丁寧に扱い、映像を加えるなどしてテンポに変化を与え、戯曲の良さを伝えた。受賞記念公演というとトライアル的な規模になりがちだが、18名という決して少なくない出演者が揃ったことも、戯曲への信頼のようでうれしかった。

REVIEWER 徳永京子さん

演劇ジャーナリスト。朝日新聞首都圏版に劇評執筆・東京芸術劇場企画運営委員・読売演劇大賞選考委員。

第19回AAF戯曲賞 受賞記念公演 『ねー』
2021年11月21日(日)・22日(月)・23日(火・祝)
場所/愛知県芸術劇場小ホール(愛知芸術文化センター地下1階)
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REVIEW 美術館「ミニマル/コンセプチュアル ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術」

ミニマル/コンセプチュアルが現代美術になるとき

 ミニマルとかコンセプチュアルとか言われると、とかくわかりづらい現代美術の代表格のような展覧会と思われるかもしれない。けれど、展示室で作品を見てみれば、むしろそれほど「難解」ではないことに(きっと!)気づかれるだろう。なぜなら、誰もが身近に、一度は触れたことのあるものや、日常的に行っている身振りが作品の種になっているからだ。それらを自分なりの見方で、自分なりのルールを定めて、できるだけ簡素なやり方で作品にしてみる。それこそが1960年代末に他のあらゆる領域と同じく芸術にも起こったある種の民主化であり、革命だった。当時のこうした傾向が今日の現代美術の一つの起点であり、基盤だと言って差し支えない。
 デュッセルドルフの小さな画廊で、アメリカの作家を招きながら、また地元の作家を交えて、日常的な行為ひとつひとつを芸術と呼んで展示していくのはとても楽しく、同時に緊張感に満ちたことだったに違いない。それはまた、ミニマルやコンセプチュアルといった名称が確定する前の未知なる芸術を創造することでもあった。芸術のあり方がラディカルに更新されるとき、それを支える側にも、見る側にも態度の更新がうながされる。今回作品とともに展示されている作家とギャラリストが交わした書簡や指示書は、その新しい芸術の誕生に立ち会っているかのような臨場感を会場に醸していて、半世紀ほど前のいささかそっけない佇まいの作品たちも生き生きとして見えてくるはずだ。
 フィッシャー夫妻をはじめ、彼らの多くが当時まだ20-30歳代だったことも忘れてはならない(印象派もキュビスムもみんな20-30歳代のしごとだった)。同時開催の新収蔵品展や街中のギャラリーを巡りながら、そこで目にする作家や作品が、本展のように数十年後にどこかの — もしかしたら遠く外国の — 美術館で紹介されることもあるかも知れない、そんなことを考えてしまうのも本展の効能の一つだろう。

REVIEWER 鈴木俊晴さん

豊田市美術館学芸員。近年の主な企画に「ボイス+パレルモ」(2021-22年 埼玉県立近代美術館、国立国際美術館と共同企画)。

ミニマル/コンセプチュアル  ドロテ&コンラート・フィッシャーと1960-70年代美術
2022年1月22日(土)~3月13日(日)
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
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