ウェブとリアル、ブラウザとタブローを行き来する
“探求心”に満ちた作品を生み出す若手作家KOURYOU

ゲーム作家か?画家か?従来のジャンルには当てはまらない活動を行なうKOURYOU(コウリョウ)。愛知県は、若手アーティスト支援のため美術品等取得基金に設けた特別枠で、彼女の作品を収蔵した。彼女の活動に注目してきた学芸員が、対話を通じてその魅力に迫る。
聞き手/愛知県美術館 主任学芸員 副田一穂 撮影/海野俊明

KOURYOU

1983年、福岡県生まれ、東京都在住。2006年多摩美術大学美術学部絵画学科卒業、08年東京藝術大学大学院美術研究科修了。08年よりウェブサイトゲームの制作を始める。現在は「瀬戸内国際芸術祭2019」で発表した《家船》を元にしたウェブサイトを更新中。

絵画からウェブサイトへ。
KOURYOUとしての活動のはじまりは…

副田(以下 副) 大学では油絵をやってたんですよね?

KOURYOU(以下 K) もともと絵ばかり描いてましたが、絵も漫画やゲームも何か作ることが好きで。ですが美術の世界があることを知らず、多摩美術大学に入学してしばらくはみんなが何をしてるのか分からなかった(笑)。色んな手法を試したり、椹木野衣さんのゼミで美術批評を勉強したり、少しずつ面白くなってきた時に卒業だったので、東京藝術大学の大学院を受けたら、櫃田伸也先生が採ってくださって。その頃はアートバブルで、藝大の友人達が有名ギャラリーにどんどん取り上げられる感じでした。でも私は卒業して一旦美術の活動からは離れて、社会人をしながらブラウザゲームのようなウェブサイトを作っていて。そのことを知っていた友人の筒井宏樹くん(現鳥取大学准教授)が声をかけてくれて、コマーシャル・ギャラリーやネットのお絵かき掲示板から愛知の地元まで、活動の場が違う人たちが一堂に会する「であ、しゅとぅるむ」という展覧会(2013年、名古屋市民ギャラリー矢田)に参加しました。それがKOURYOUとして初めての展示でした。

副 卒業後にウェブ制作を始めたきっかけはなんだったんですか?

K 修了間際に、1枚の絵で表現するんじゃなく、ゲームブックみたいな形式の絵本作品を作っていたんです。ちょうどその頃、個人サイトを作り始める人が多くいて、絵が触(さわ)れる画面が作れることに興奮しました。絵本でやってたことが、一画面で仕組みから自分で作れると。

副 そっか、絵が触れる感覚なんですね。

K 絵の細部が別の絵とリンクしていくと終わりがないので、一生これを作り続けるのも良いかな、という時に「であ、しゅとぅるむ」に誘われて、そこからいろんな発展があって、今に至ります。

ウェブサイトと絵とを行き来する作品

副 現在進行中のプロジェクト「EBUNE(家船)」のサイトにはウェブトゥーン的な表現も見られますが、それ以前のサイトも含めて、ブラウザで見せることをどのように意識してますか?

K 最初のサイト作品は絵の中に入っていくというイメージでした。次に作った「パープルームのホームページ」は、街をうろうろして色んな作家の作品に出合う作品です。「MYST」(1993年、ブローダーバンド)っていう昔のゲームに似てるらしいです。「いわき伝説ノート─キツネ事件簿─」は、地図上を移動しながら三層構造になっている世界を行き来するというものです。ブラウザゲームは遊ぶ人の没入感が強いかもしれませんが、コードを書く際には構造を意識しています。「EBUNE(家船)」は、土地と作品同士のリンクを現実世界で物理的にやっているので、サイトでは「時間」を行き来しながら書き換えているようなイメージです。一見普通のサイトですが、チーム作品でもあるので1番スリリングな挑戦をしている気がします。

副 なるほど。ウェブサイトと絵の関係も独特で、以前「往復」や「展開」の関係に近いと仰っていましたが。

K サイトを面白くするための設計図のような絵が多いんですが、実現可能かを気にせずに描いちゃうので、そこで出来たことをサイトに反映するにはどうしたらいいか往復しながら制作すると、次に進むアイデアが生まれたりします。絵で複雑に考えたことも、サイトではある程度限定しないと実現できないなどの制約もありますが。

副 絵の場合は物理的なレイヤーの話ですよね。

K 絵を描く時はかなり神経質で、微妙な厚みも意識します。模型はもっと大胆に作るのですが、作品のフレームをどこに設定するか、どの場所で展開するかに対して切実に向き合えるので面白いです。

副 絵自体はサイト上のマップとしても機能していますが、絵とサイトは同時進行で制作しているんですか?

K いわきの時はそうでした。さらにリサーチも並行していたので大変でした。サイトマップとして絵を描き始めた時は架空の街を設定していたので、「いわき伝説ノート」は実際の土地と重なる地図を描いた最初の作品です。

副 でもマップを見れば迷わずに全貌を把握できるわけじゃなく、むしろ見れば見るほど迷ってしまう。普通の地図は情報を整理するけど、KOURYOUさんのマップは情報が過多で一望できない、地図として用を成さない。そこが面白いですよね。

K 情報をアーカイブする方向でも役立つものは作れますが、その土地と向き合うほど、自分なりの視点で仕事を徹底する方が誠実な気がしています。

何を保存すれば、いまの表現を切り取ることができるのか

副 今回の作品購入は、結果的には単に絵を購入して展示条件にウェブサイトへの案内を付けるという、シンプルなかたちに落ち着きました。実は当初サイトも所蔵する可能性を探ったんですが、映像作品と違ってサイトは一般公開されていて、更新される可能性もあるという難しさがあって。

K 私の作品に限らず貴重なウェブサイトをどんどん保存して欲しいです。更新したら古いバージョンのものは見られない。保存するサービスは、すでにいくつかありますよね。

副 「ウェイバックマシン」とか、国内だと国立国会図書館の「インターネット資料収集保存事業(WARP)」とかですね。美術館では、国立国際美術館が近年パフォーマンス作品を収蔵するなど少しずつ新しい事例が出てきてますが、サイトの収蔵例は聞かないですね。

K もしサイトが収蔵されたらすごいことだよね、って周囲にも言われました。

副 やはりチャレンジしたかったですね。私はそういう意味で「厄介」な作品ばかり持ち込んでいるので、館には嫌がられているかもしれませんけど(笑)。ただそれをやっていかないと、2000年以降の若手作家の作品を購入しているのに、結局絵画や彫刻といったオールドメディアばかりでは、この時代の空気を切り取れないんじゃないかと危惧しています。

K 「いわき伝説ノート」の収蔵は、ある意味で地域アートの保存だなと思いました。「EBUNE(家船)」で実感していますが、地域アートの保存問題は深刻ですよね。ただ、作家としては美術館に入れるために作っているわけではないので難しい。絵ってかさばらないし保存しやすくて、私も絵で考えることは大事だと思うんですけど、他の形式に対する優位性を説く姿勢には違和感があります。絵の考え方は応用可能ですし、地域アートやコレクティブと関わってみると、みんなが格闘している重要な部分は、メディア形式の違いによる分断では捉えられないと思います。

副 結局イメージをどうつくるか、という問題においては、必ずしもタブロー形式じゃなくても、ウェブだって陶芸だってマンガだって絵になりうるわけで。そういう作品に対して、ミュージアムはうまく保存する術を考えていかなくてはいけませんね。

愛知県美術館に収蔵された作品《狐と龍の事件簿─いわき伝説ノート─》

アトリエには作品の資料となる古い文献がたくさん。作品の舞台となる土地で購入することもあるそう。

福島県いわき市に残る伝承をマッピングした地図が作品のベース。土地に精通した方と共に巡り、一つずつ書き込みを行なった。

KOURYOU《狐と龍の事件簿─いわき伝説ノート─》2016年 アクリル・水彩・インク・木・紙・プラスチック、板

過去の作品や資料が詰まったアトリエで、ウェブサイトのコーディング作業を行なう様子。

今回KOURYOUの作品に注目した副田(右)。「作品の中をじっくり探索していると、まるでKOURYOUさんの頭の中を覗いているよう」。

シンガーソングライター長谷川白紙「夢の骨が襲いかかる!」のCDジャケット用に描いた作品(2020年)。

いわき伝説ノート「キツネ事件簿」のウェブサイトはこちら

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