感動の工房へ。

 
 愛知芸術文化センターがオープンした時、街では色々な人の会話が聞かれた。「立派なオペラハウスなんだって?」「これで名古屋とばしはなくなりますか?」「オペラって高尚でチケット高いんでしょ?縁がないなあ」…。

 少し理屈っぽい話にはなるけれど、やはり説明しておかなくてはならない。劇場というのは、本来、そこで「見せる」だけの場所ではないのです。例えばヨーロッパなどのオペラハウスは、オペラを作るための全ての機能、ソリストや合唱団、オーケストラ、演出家、舞台技術者、美術や衣装などの工房、舞台セットを保存しておくための倉庫などを加えていて、定期的にオリジナルの作品を発表し、シーズンには過去の作品を日替わりで上演している。そうした作品群を生み出す劇場は、魅力的な都市の個性そのものであり、市民の誇りでもあるだろう。

 残念ながら、日本にはこのような劇場は(オペラに限らず)、ほとんど存在しない。日本の公共ホールは、東京とか、外国とか、どこか余所で話題になった出し物を、入場料を払って見るだけの場所てあり続けた。勿論、そういう作品を上演することにも大きな意味はあるけれども、それだけでは劇場は地域の人々のものにはならない。今ようやく、日本の公共劇場は、それぞれの個性を作り、足を運んでもらうための方法を工夫して、あの劇場だから行くというような魅力を持つための努力を始めたところなのだ。

 愛知芸術文化センター開館の翌年、1993年に初めて開催された世界劇場会議は、理想的な劇場を生むための仕組みや方法を考えるために始まった。2回目の開催となる今回は、海外や民間劇場の優れた取り組みから学び、それらとのネット・ワークを拡げながら、前回の終了時に採択された「名古屋宣言」で要約された課題の中から、●観客開発、●人材育成、そして●舞台芸術総合センターの三点に関する議論をさらに掘り下げる。

 

<観客とともにある劇場を創るために〉

 「観客のいない劇場は劇場であることを止める」。これは確か、クルト・ヴァイルの言葉であったろう。ブレヒトとともに伝統的な舞台芸術の閉鎖性を打破し、劇場空間を市民に向けて開放するための努力を重ねた音楽家ならではの言葉である。ヴァイルの言う「劇場」つまり「観客のいる空間」とは、何かの興行や公演の際にたまさか客席が観客で埋まっている状態を指しているのではない。劇場のある都市や地域の市民が、その劇場とともにあることを彼らの日常性の不可欠な一部としているような、そうした状況を指すものでなくてはならない。

 その意味では、日本の、私たちの「劇場」が置かれた状況は実に厳しい。市民にとって、劇場は日常に密着した場でもなければ、ハレの場でさえない。劇場はいまだ市民権を得ていない。このフォーラムは「劇場が劇場である」ために優れた力を発揮した米国、バークレー地域劇場のスーザン・メダック女史の基調講演に始まる。それに続く最初のセッションは、「市民の日常性の中に定着した劇場」の創造のための理論と実践についての、劇場の現場からの報告と討論を核に展開する。 

2月11日(土)

基調講演「演劇鑑賞と観客開発」09:50〜1l:OO
スーザン・メダック(バークレー地域劇場マネージングディレクター)
第1セッション
「観客開発をめぐる行政と民間の協同」
〈公立音楽ホールにおける観客開発〉11:OO〜12:30
●劇場で何を学ぶのか…
梅津三男((財)愛知県文化振興事業団文化事業課主査)
●総合舞台芸術公演における観客開発について
岡田仁司((財)名古屋市文化振興事業団文化事業課主任主事)
●「碧南市芸術文化ホ一ル」一年を経過して
杉浦昌(碧南市芸術文化ホール企画業務係長)
〈民間音楽ホールにおける観客開発〉13:30〜15:00
●「継続は力」オープン以来のコンセプトを守り続けて
中桐汪(いずみホール副支配人)
●クラシック音楽において潜在観客を開発し得るか
野々山保治(電気文化会館文化事業部副部長)
<民間芸術団体の現場から〉15:30〜18:00
●理想と現実 荒川哲生(泉鏡花劇場・演出家)
●出演者による観客開発の限界 岩川均(劇座・俳優・演出家)
●観客の琴線に触れるもの
尾上和彦(オペラアンサンブル声藝社・作曲家)

 

〈劇場の人づくり、モノ創り〉

 日本の公立ホールは長い間、どこかからソフトを買ってきて上演するという安易な消費を続けてきた。その結果として、全国に1,500館以上も公立ホールができるという「文化の時代」にありながら、そこで上演するための、水準の高い舞台芸術の不足が指摘されている。劇場が創る場所となっていないのが現状なのだ。制作するには、それぞれの劇場にパフオーマーや公演を陰で支える技術分野の人材が必要となる。さらに、ソフトと観客とを結ぶコーディネーターも必要となる。中国とオーストラリアの例を紹介する特別セッションに続いて、第2セッションでは劇場の管理者や技術者を中心に人材の育成、パフォーマーと技術者の関係など舞台裏のリアルな現状に迫る。

2月12日(日)

特別セッション「アジア 太平洋圏における劇場と人材育成」
09:30〜12:00
●中国の劇場運営と人材育成
石維堅(中国青年芸術劇院院長)
●オーストラリアの演劇と人材育成について
ジョン・クラーク(NIDA(国立演劇研究センター)所長)
第2セッション「劇場における人づくり、物づくり」
13:00〜16:00
●プロローグ「劇場における人材育成の問題について」
渡辺日奈子(名古屋大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程一年)
〈劇場管理技術者の現状と人材育成について〉
●小西敏正(愛知県舞台設備管理事業協同組合理事長)
●戸塚理人(愛知県芸術劇場劇場課長)
〈制作部門の人材育成の現状と課題〉
●日本におけるインターン制度確立の為の諸問題
高萩宏(パナソニック・グローブ座支配人・制作担当)
●三重県内公立ホールの自主事業の現状と今後
谷口忠孝(三重県総合文化センター舞台企画指導監)
〈パフオーマー育成の現状と課題〉
●学校・内弟子&土壌づくリ
舟木淳(芸団協中部協議会代表幹事)
●失われた身体を取り戻すために
佐藤信(劇作家・演出家)
〈自由討論〉
●コーディネーター 松永吉正(若尾綜合舞台)
●パネラー 渡辺日奈子 小西敏正 戸塚理人
高萩宏 谷口忠孝 舟木淳 佐藤信

 

〈舞台芸術の総合センター〉

 前回の世界劇場会議‘93の終了に当たって、これからの舞台芸術の発展のために必要な課題を「名古屋宣言」として採択した。その中で設置が提案された、舞台芸術に関する総合的な研究機関「舞台芸術総合センター」への期待と必要な機構、役割について、パフォーマー、舞台技術者、研究者などの講師が議論を展開する。

 また、建築家グループからは、「舞台芸術総合センター」のより具体的な姿を「シアター・ワールド」として提案。シアター・ワールドは世界の歴史的な劇場を復元設置した郊外型のテーマパークの形態をとり、誰でも気軽に一日を楽しむことができる施設であると同時に、舞台芸術創造の社会基盤を整備するための総合研究所機能、惰報センター機能、人材育成・研修機能、舞台技術サポート機能及びそれらの国際交流機能を持つ施設として提案される。

2月12日(日)

第3セッション「舞台芸術の総合センター」16:15〜19:00
〈パネルディスカッション〉
●問題提起=世界劇場会議国際フォーラム'95
実行委員長 藤井知昭
●発言1=実演家
土方与平(日本芸能実演家団体協議会常任理事)
●発言2=劇場技術者
阿部吉之助
(全日本舞台・テレビ技術関連団体連絡協議会事務局長)
●発言3=研究者
池上惇 (文化経済学会〈日本〉会長・京都大学教授)
●発言4=建築家
清水裕之(名古屋大学助教授)
松本直司(名古屋工業大学教授)