所蔵作品属示室の一部を用いた、所蔵品に限らない作品による小企画「テーマ展」。今回は、ifa(ドイツ対外文化交流研究所)と関西ドイツ文化センターのご協力を得て、シュルレアリスム(超現実主義)の代表的な画家マックス・エルンスト(1891-1976)の、本のための作品と版画をご紹介します。
エルンストは、教材カタログや19世紀の大衆小説挿絵などの無関係な図柄を意外な場面上で貼り合わせる<コラージュ>や、木目や木の葉・ほどけた糸などに紙を乗せて鉛筆でこする<フロッタージュ>、乾く前の絵の具に紙などを押しつけてはがし、偶然の模様を得る<デカルコマニー>などの新しい技法を用いて、心の奥にひそむイメージを呼び起こす独特の絵画を制作しました。デカルコマニーは当館所蔵の油彩画《ポーランドの騎士》にもみられますが、彼はまた、不思議な題辞のコラージュ連作による『百頭女』などの「小説」や、フロッタージュによる「博物誌」といった本や版画にも多くの傑作をのこしています。
「ミスター・ナイフとミス・フォーク」は印画紙にフロッタージュを乗せて感光させたフォトグラムという技法によるものですが、この中の作品を自著の表紙に用いた作家埴谷雄高は「暗黒の中に白い線で示される女の胸の二つの円い乳房のなかを鳥が闇の果てへ向かって飛んでいる。一方の乳房のなかの鳥は背を上にして飛んでいるけれども、他方の乳房のなかの鳥は背を下に向けて、つまり、逆さまになって飛んでいる。下方から眺めあげられたから腹部をみせているばかりでなく、それは逆さまになっても宇宙を飛べるから背を下に、腹部を上にして闇の果てへ向かって飛んでいるのである。(中略)闇の果てへの意志がはじめにあれば、それは決してとまらないのである」と述べています。鳥たちが闇の果てをめざしている、というのは埴谷自身の心の反映でしょう。エルンストの作品は、私たち一人ひとりの心の扉を開くのです。
(T.M.)
|