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鏡の国の悲劇
これこそ、ローマ歌劇場初来日、虚と実二重の勝利だ。舞台奥から客席に向かって鋭角に傾けられた巨大な鏡が背景いっぱいに広がっている。全3幕を通じて舞台の床を写しつづけるこの鬼才スヴォボダの大胆な装置にだれもがハッと息をのんだ−。
イタリアオペラ界の巨匠ネッロ・サンティが万雷の拍手に迎えられて指揮台に立つと、会場の明かりがすべてフッと消える。その真っ暗な闇の中でなにか不気味なものがうごめいている。次第に明かりが戻ってくると、ステージ全面を覆って伏せられていたのだろうか、大きな鏡がゆっくりと身をもたげてきた。それはまるで大きな鯨が口を開いていくようだ。
突然、華やかな音楽とともに、パリ一番の高級娼婦ヴィオレッタ・ヴァレリーの館での大晩餐会が始まる。昼を欺く明るさだ。背景は、裸の女と黒人、レダと白鳥、といった愛欲シーン。その背景の上を、夜会服に身を固めた大勢の紳士と一夜だけの淑女が入り乱れて飲めや踊れと狂態を演じ、それを鏡は斜め上から執拗に写しつづける。普段なら客席からは見えない舞台上の動きも、手にとるように分かる。酔った勢いでみんなが一斉に手をつなぎ右から左へと練り歩く姿は長い蛇のようだ。椅子の陰に隠れて愛をささやく幾組ものカップルの姿態も見逃しはしない。どんな動きもすべて倍になり、楽しみも喜びも、悲しみも苦しみもすべて倍に増幅される。それで、小道具も出演者も半分ですみ、予算も半分ですむ−。鏡が反響板の役割も果たし、アリアも合唱も大変な迫力をもって私たちに迫るという二重の効果がある。
むろん、背景は床にある。第2幕で、プロヴァンスの田舎から出てきた父親ジェルモンが、「娘の結婚のためにアルフレードと別れて欲しい」とヴィオレッタに訴えると、いままでパリ郊外の瀟酒な家を描いていた床の画布が鏡の後ろにサッと引っ張られて、その下から新しい背景がぱっと現れる。こんどは小さな雛菊の花が数限りなくステージいっぱいに広がる。その美しさは、まさにボッティチェリだ。ここにいるのは別れ話に苦しむドミモンデーヌの椿姫だが、鏡に写ったのは、プロヴァンスの花園を父親と一緒に散歩する幸せな嫁ヴィオレッタだ。人生の幸不幸の虚実は、ガラスと硝酸銀の皮膜の間にある。
終幕で椿姫の最期が近づくにつれて、床を写していた鏡は次第に引き上げられていき、ついには垂直に立ち上がる。その瞬間、じっと舞台を見ていた私たちは、ここで大いにあわてざるをえない。そこに写っている私たちの顔にまともに向き合うことになるからだ。そして、私たちは、いかに彼女に同情しようとも、椅子にお客様然として座っている文字どおり単なる観衆の一人に過ぎないのだということを思い知らされる。
そのときの私たちの居心地の悪さを、ここであなたにもご一緒に味わっていただこう−さあ、あなたの片方の手であなたの片方の手首をぎゅっと強く掴んでみてごらんなさい。そして、こう、ご自分でご自分に訊ねてごらんなさい−「掴んでいる私が私なのか、掴まれている私が私なのか」と。掴んでいると思えば掴んでいる。掴まれていると思えば掴まれている…。私たちの意識が左手と右手の間を頻繁に揺れ動き、私たちが確かに私だと信じていた私が私でなくなり、私ではないと思っていた私が私になる。こういった、主体と客体が瞬時に入れ替わる「アンビギュイティ」(両義性)の状態を、フランスの現象学者メルロー=ポンティは身体で証明した。
「息子の書くものにはお説教が多すぎる」とアレクサンドル・デュマがいうように、デュマ・フィスが書いた「椿を持つ女」は、快楽と虚栄に明け暮れる人々を告発する告発劇である。そしてヴェルデイは、このオペラを「ラ・トラヴィアータ」と呼んだ。彼は、「ドミ・モンデーヌであったヴィオレッタは、身のほどもわきまえず、まっとうな結婚生活をおくろうとして「道を踏み誤った愚かな女」だ」と非難する。当時、世間の非難に抗じてヴェルディが同棲していたのは、各地の劇場支配人を始め多くの男たちとの思い出を持つ女優ジュゼッピーナ・ストレッポーニであった。それゆえ、このオペラは、ヴィオレッタと同じ境遇にいたヴェルディが自らを鏡に写した逆説オペラとならざるをえない。
「人間は両義的存在である」−演出家ブロックハウスは、この「椿姫」の告発を、そして「ラ・トラヴィアータ」の逆説を、巨大な鏡に求めたのだ。オペラを見ていると思っていた私たちは、実はオペラによって見られていたのであり、ヴィオレッタを指弾した指は、実はそのままこちらに向けられていたのだ。いつの世にあっても、常に非難さるべきは、椅子に座ってなにもしない私たちである−それを、オペラ座の鏡は教えてくれた。
都築正道(文)/木之下晃(写真)
La Traviata
歌劇「椿姫」全3幕
作曲:ジュゼッペ・ヴェルディ
台本:フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ
指揮:ネッロ・サンティ
合唱指揮:マルチェル・セミナーラ
演出:へニング・ブロックハウス
美術:ジョセフ・スヴォボダ
衣装:アンナ・ビアジョッテイ
振付:パトリツィア・ロッロプリジダ
マイム振付:マルタ・フェルリ
装置制作:カルロ・チッコーリ/マウリツィオ・ヴァラーモ
ヴィオレッタ(ソプラノ):ルチア・アリベルティ
フローラ(メゾ・ソプラノ):チンツィア・デ・モーラ
アルフレード(テノール):ジュゼッペ・サッバテイーニ
ジェルモン(バリトン):シルヴァーノ・カッローリ
ガストン子爵(テノール):フランチェスコ・マルカッチ
ドゥフォール男爵(バリトン):アンドレア・ズナルスキー
ドビニー侯爵(バス):ステーファノ・センプリーニ・チェーザリ
グランヴィル(バス):シリル・アッサフ
アンニーナ(ソプラノ):ベルナデッテ・ルカリーニ
ジュゼッペ(テノール):セルジョ・パナイア
使者/召使(バス):アンジェロ・ナルディノッキ
バレエ(ソロ):ラッファエーレ・パガニーニ
管弦楽:ローマ歌劇場管弦楽団
合唱:ローマ歌劇場合唱団
バレエ:ローマ歌劇場バレエ団
ローマ歌劇場名古屋公演では、9月13・15日に歌劇「トスカ」を上演しました。
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