展覧会には、通例カタログが刊行される。その形式はパンフレットに近いものから大部なものまでその機能に応じ千差万別である。ここでは、歴史的な視点から回顧される個展、あるいは特定の美術動向を扱う展覧会のカタログに限って、アートライブラリーの所蔵図書を通じ振り返ってみたい。
展覧会カタログの起源は17世紀フランスのサロンにおける展示作品リスト(リヴレ)にあるといわれる。現在では作家や美術団体の展覧会における出品目録がこれにあたる。しばしば序文が巻頭を飾ったり、図版が付されたりすることもある。グスタフ・クリムトの画業を回顧するために開かれた第18回分離派展(1903年)の図録(挿図1)などはその一例である。
単にカタログという場合、所蔵品目録を意昧する場合がある。古くは王室や貴族あるいはコレクターの財産目録に遡るもので、現在では美術館等の所蔵作品目録(挿図2)がそれにあたる。
美術館の企画展のように、ある展覧会組織者が一定の視点に立って開催する展覧会には、当然ながら学術的、批評的な視点が織り込まれている。通例カタログには巻頭エッセイのほか、年譜、参考文献が掲載されるが、その中心をなすのが出品作品の図版に並載される(あるいは別個に掲載される)作品データ、作品解説の部分である。オーソドックスなスタイルを採るものでは、タイトル、制作年、素材と寸法、署名の有無、所蔵者等を含む「作品データ」の部分に、「作品の来歴」「文献」「展覧会歴」「注記」が加えられる。
欧米でこうした形式を採る近代美術史に関する展覧会カタログが制作されるようになったのは、およそ1930年頃といってよい。当時ルーヴル美術館の学芸員であったシャルル・ステルランが組織した「17世紀フランスにおける現実生活の画家」展(挿図3)などはその最初期の一例である。
第2次世界大戦後の欧米では、資料を蓄積、整理する専門教育を受けた資料担当官が展覧会に加わるようになり、展覧会カタログの内容は格段に充実し、美術図書館学的な発想に基づき組織的に生み出された展覧会カタログはとりわけ重要な研究文献となった。
例えば、イギリス人A.ブラントによって執筆された1960年の「プッサン展」カタログ(挿図4)、当時パリ大学教授であったJ.テュイリエが執筆した「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」図録(1972年)(挿図5)は模範的な内容をもったものである。その後の欧米の主要美術館が組織する展覧会には、長い期間をかけて網羅的に集積された資料に基づく詳細で大部なカタログ(挿図6)が制作されるのが通例となっている。
わが国で上に述べた意味での学術的なカタログが初めて作成されたのは、今から15、6年前、1978年4月から東京国立近代美術館で開催された佐伯祐三展のカタログあたりであろうと思われる。次いで、翌年3月に京都国立近代美術館で開催された安井曽太郎展でも同じ形式が採られた。さらに岸田劉生展(東京国立近代美術館、1979年4月)では、作品一点一点に注記がつけられるようになったことが注目される(挿図7)。その後1980年代からは、例えば神奈川県立近代美術館や三重県立美術館などの、優秀かつ資料集積の労を厭わないスタッフを擁するいくつかの美術館においても、もちろんヴァリエーションはあるものの、そうした形式のカタログづくりがなされてきた。愛知県美術館においてもそうしたカタログづくりを目指しており、例えば、クプカ展(1994年)のカタログは模範的なものといってよいであろう(挿図8)。ただし、わが国では展覧会カタログづくりに組織的な取り組みがなされているとはいえず、学芸員の慈善的職業倫理にゆだねられているのが現状である。
(H.K.)
参考文献 木村三郎「美術史と美術理論」 放送大学教育振興会、1992年 挿図1/第18回ウィーン分離派展図録、1903年 挿図2/「ルーヴル美術館、オルセー美術館挿図入り所蔵作品総目録」、1986年(72335-MU83e) 挿図3/「17世紀フランスにおける現実生活の画家」展図録、パリ、オランジュリー美術館、1934年(C14254)
挿図4/「プッサン展」図録、パリ・ルーヴル美術館、1960(C08766) 挿図5/「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」図録、パリ・オランジュリー美術館、1972年(C06019) 挿図6/「ジャック・ルイ・ダヴィッド展」図録、パリ、ルーヴル美術館絵画室・ヴェルサイユ宮国立美術館、1989年(ET723F-046m-1989)
挿図7/「岸田劉生展」図録、東京国立近代美術館、1979年(T723N-K157t-1979) 挿図8/「クプカ展」図録、愛知県美術館、1994年
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