パルミエーリ伯のように・・小澤征爾の<トスカ>
“人間の心の舞台裏をお見せしよう”と舞台デザインを担当したジャン・ピエール・ポネルがここですべての装置を裏返すと、愛知県芸術劇場大ホールの<トスカ>で、私たちはパルミエーリ伯のように二重にだまされることになる。第1幕は、サンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の内陣。大きな聖壇が周囲を圧して舞台中央に置かれ、それも後ろ向きで、まるで黒い柩(ひつぎ)のように不気味で不吉だ。聖壇が邪魔をして、マレンゴの勝利を祝うテ・デウムの壮麗な行列など客席から見えはしない。見えるのはただ、聖壇の裏で客席に向かって悪のテ・デウムを歌うスカルピアの姿だ。「行け、トスカ。お前の心にスカルピアが巣食った。行け、トスカ、お前の嫉妬心の鷹を空に放つのはスカルピアだ。醜くて好色な王妃マリア・カロリーナとともにローマにやってきたスカルピアは、シシリーの残忍な血を体内にみなぎらせた一匹のスコルピオネ(蠍)となって、政治犯をサンタンジェロ城の牢獄に次々と投げ込んでは殺していく。
修道院と歌劇場で育てられたトスカは、無邪気で、嫉妬深く、自らの情熱と相手の愛を信じて生きてきた。だが、そんな彼女の純粋な愛が、多くの人々を死に追いやる。元領事アンジェロッティも、画家のカヴァラドッシも、警視総監スカルピアも、彼女の純真な愛によって悲劇的な死を迎える。トスカの恋人マリオ・カヴァラドッシが、詩人ではなく画家なのは、彼が歌う美しい抒情的なアリア「星は光りぬ」でさえ、すべてがこの緊張感がみなぎる視覚的な舞台の中でおこなわれていることを意識させるものだ。このポネルの大胆な「裏返し装置」は、1974年のフランクフルト歌劇場上演以来の古典的名作だが、「言葉を節約するように。そして劇中の出来事を、耳で聞くよりはむしろ眼で見て分かりやすいように。しかも豪華に感じられるように」というプッチーニの主張を十分に受けてのことだ。それに、フランス育ちのマリオが、ナポレオンの宮廷第一画家ダヴィッドの弟子となるのも、このオペラにとって決して偶然ではない。それは、私たちにダヴィッドの傑作の一つ「サン・ベルナール峠を越えるナポレオン」を思い出させるからだ。この絵は、マレンゴにむかう1800年のアルプス越えを描いていて、ナポレオンの足元の石にはハンニバルとカルロス・アウグストゥス[カール大帝]の名も刻まれている。<トスカ>事件のこの日も含めて、ローマは、外敵になんども背後を突かれた。
オペラ<トスカ>の原作は、フランスの劇作家ヴィクトリアン・サルドゥが書いた戯曲で、冠詞つきの<ラ・トスカ>だ。そのタイトルロールを演じたのが名女優サラ・ベルナール。神のごときサラの創造的解釈は、オペラでも同様に要求される。例えば−スカルピアの脅しに声もなく「ええ」とトスカがうなずくとき、そこには女の恥じらいと愛する人を救う自己犠牲の誇りがないまぜになると同時に、すべての男たちに官能の喜びと残虐な征服感を与える倒錯的な瞬間が訪れる。当夜、マーラ・ザンピエリの演技を越えて、ここで劇場を支配したのは、戦慄すべき小澤の指揮だった。トスカが身を任せると知ったスカルピアは、すかさず警部のスポレッタにカヴァラドッシの銃殺を命じる。驚くトスカに、「いや、パルミエーリ伯の時のように空砲を撃って処刑に見せかけるだけだ」という。テーブルの上にナイフを見つけたトスカの眼は、ナイフとスカルピアの間を素早く動く。スカルピアは、ついに手にいれた美しい獲物を前にして我を忘れている。その彼の胸にナイフを深々と突き立ててトスカは叫ぶ、「これがトスカのキスよ」。逆流する血で喉をふさがれたスカルピアは、叫ぶことも息をすることもできず、苦悶の内に死に絶える。「この男のためにローマ中が震え上がっていたのだわ」。トスカは、横たわるスカルピアの両脇に蝋燭を立て、壁の十字架を外して血に染まった彼の胸に置く−だが、演出のディヴィット・ニースは、壁の十字架ではなく、トスカの胸にある十字架を使う。では、殺人者トスカのアリバイはどうなるのだろうか。歌に生き、愛に生きてきたトスカが初めて、神が喜ぶ真の捧げものを捧げることができたのだから、「トスカは自らのアリバイを神に対して立証したのだ」とニースはいうのだろう。
サンタンジェロ(聖天使)城には、現在もまだ所狭しと拷問道具が並べられ、アンジェロッテイやカヴァラドッシの悲鳴を欲しいままにしている。もともとはハドリアヌス帝の墓だが、6世紀にグレゴリウス法王がこの墓の上に教会を造り、大きな天使像を建てた。ペストがローマをおそったとき、この城の上に大天使ミカエルが現れて剣で悪霊を追い払いローマを救ったのを讃えるためだ。天使は、いままさに剣を鞘に納めてペストの終焉を告げようとしている。だが、その聖天使も、彼の城で行われている二重に仕掛けられた偽りの銃殺からカヴァラドッシを救うことはできなかった。兵士たちの銃が一斉に火を噴き、空砲ならぬ実弾を浴びてカヴァラドッシは斃れる。「どんな悪行も天使の見ていない背後で起きる」とここでもポネルの装置は語っている。カヴァラドッシの遺体を抱きながらトスカは初めて、裏切られて殺されたパルミエーリ伯の悲惨な最期を思い知ることになる。
舞台の背後で再びパルミエーリ伯の悲劇が起きたのは、1905年、リオ・デ・ジャネイロの<ラ・トスカ>公演の終幕であった。サラは、いつものように、最期の見せ場を飾るため、サンタンジェロ城の高い城壁から奈落にむかっておもいっきり派手に身を投じた。だが、その日、裏方の故意か過失か、サラを受けとめる柔らかなマットは置かれていなかった。サラは右足を失った。信じる者に裏切られるこのおぞましさは、例えようがないほど恐ろしい。人間の心の舞台裏でなにが起きようと、天使でさえ知る由もない。
だが、常に舞台の背後にいるが、決して忘れてならないのは、すべてのステージ進行を司る舞台監督幸泉浩司の存在だ。「幕を降ろすのが早すぎても、遅すぎても、それはオペラの失敗を意味する」とプッチーニはいう。終幕、小澤が渾身の力で振り降ろす<トスカ>の終止符が、より成功したものとなったのも、間髪を入れぬ幸泉浩司の合図を受けて迅速に閉まるオペラ・カーテンのアラルガントによってだ。
都築正道(文)/木之下晃(写真)
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