フォーヴィスム Fauvism

 1903年にパリのサロン・ドートンヌ(秋のサロン)が設立したことは、近代美術の歴史のうえで大きな意味を持つ出来事である。これ以後、アカデミスムに属さない画家たちは、春のアンデパンダン展とあわせて、作品を年に2回発表することができるようになった。それと同時に、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ、スーラという、いわゆる「後期印象派」の画家たちの足跡を紹介する特別展示が、このふたつのサロンであいついで行われ、それまでは接する機会の多くはなかった彼らの作品が、新しい世代に直接の刺激を与えた。第一次大戦前の10年間には、西洋の絵画の伝統を大きく揺り動かす試みが目まぐるしく展開したが、その背景には、ふたつのサロンにおいて、若い画家たちの最新の作品がたえず短いサイクルで公開されたということがある。

 フォーヴィスムと呼ばれる現象は、このような状況によって今世紀のはじめに生み出され、わずか2,3年のうちに消えていったものである。この「フォーヴィスム」という言葉は、1905年のサロン・ドートンヌの第7室に集められた若い画家たちの作品が、ルイ・ヴォークセルという批評家によって「レ・フォーヴ(野獣たち)」と呼ばれたことに由来する。この言葉は、まもなくこの部屋に出品していた画家たちを指す名称として用いられるようになった。その画家たちとは、パリの国立美術学校の同じ教室で学んだマチス、マルケ、マンギャン、カモワン、パリ郊外のシャトゥーで一緒に絵を描いていたドランとヴラマンク、オランダ出身のヴァン・ドンゲン、1年ほど遅れて彼らの仲間に加わったル・アーヴル出身のデュフィ、フリエス、ブラックである。この集団のリーダー格だったマチスを別とすれば、彼らは皆20代から30代前半の青年だった。

 彼らはひとつのグループとして行動したわけではなく、それぞれの交友関係によってゆるいつながりを持っていたに過ぎない。しかし、彼らの絵がめざすところはほぼ共通していた。彼らは自然の外観を目に見えるままに写すのではなくて、自然を前にしたときに自分自身の内面にわきおこるみずみずしい感覚を、色彩によって素直に表現しようとしていたのである。彼らはゴッホ、ゴーギャン、セザンヌらの作品に強い刺激を受けて、彼らの作品が持つ主観的な表現を取り入れながら、現実のものの色や光と影の関係に左右されない、純粋で自由な色彩の対比によって、自分自身の感覚と自然との関係を表わすことを試みた。彼らはたとえば赤と緑、青とオレンジというように、強烈な原色どうしを前例のない大胆さで対比させたために、その作品は「野獣」と呼ばれたが、彼らの意図は公衆を驚かせることではなく、あくまでも自分の感覚に対する誠実さを守ることだったのである。フォーヴィスは、1905年の夏、マチスとドランが南フランスの地中海に面した小さな漁港コリウールで一緒に製作したことから始まった。ふたりはここで地中海の強烈な光の印象を伝えるために、赤、黄、青、緑などの生々しい原色だけを用いて風景を構成した。それらの色彩は、目のくらむような光の反射を表現する真白いカンヴァスの上で、いっそう輝きを強められている。翌年の夏には、デュフィがマルケとともにノルマンディーの海岸に滞在し、同じように自由な色彩によって、海辺の光景を詩情豊かに描いている。彼ははじめ印象派の影響の強い風景画を描いていたが、「どうしたら、自分の見たもの、自分の外にある世界ではなく、自分の中にあるもの、“私の現実”を表現できるだろうか?」という疑問を抱いたことから、フォーヴィスムヘと向かった。こうした疑問は、フォーヴィスムに加わった画家たちすべての出発点にあったものである。これらのフォーヴィスムの画家たちのなかで,最も優れた資質を持ち、フォーヴ時代の試みをその後も展開させていったのは、マチスである。彼は強烈な色彩の対比に洗練を加えて、画面の単純化と純粋な色彩のハーモニーを生涯追求し続け、20世紀美術を代表する画家のひとりとなった。

 フォーヴの画家たちは1907年頃にはそれぞれ違った方向に分かれて行き、フォーヴィスムの動きはきわめて短い期間のうちに消滅したが、それとほぼ同時に彼らの絵画はフランスの国外にも知られるようになり、世界各国の美術に大きな影響を与えた。特にドイツでは、フォーヴィスムが誕生したのと同じ1905年に「ブリュッケ(橋)」を結成したキルヒナーや、ミュンヘンで活動していたカンディンスキー、ヤウレンスキーらは、1908年頃からフォーヴィスムの画風を積極的に吸収して、現実にこだわらない純粋な色彩と洗練された構成の追求を推し進めて行った。20世紀の美術は、彼らの手によって生み出されたのである。

(H.Mu)

フォーヴィスムと日本近代洋画
10月30日(金)〜12月20日(日)
開館時間 午前10時〜午後6時(入場は5時30分まで)
夜間開館 毎週金曜日午後8時まで(入場は7時30分まで)
休館日  毎週月曜日(但し11月23日(祝)は開館、翌日24日(火)休館)

《記念講演会》
l1月7日(土) 陰里鉄郎(三重県立美術館館長)
ドナルド・マッカラム(カリフォルニア大学教授)
l1月21日(土)高階秀爾(国立西洋美術館館長)
馬渕明子(青山学院女子短期大学助教授)
会場  愛知芸術文化センター12階アートスペースA
開始時間 午後1時30分