見どころ・聴きどころ
識者の目
そそる!美女カタログ
マメ知識

美女カタログ
音楽ジャーナリスト 早川立大(はやかわ・たつひろ)
 オペレッタで一世を風靡したオッフェンバックの本格的なオペラ「ホフマン物語」が今秋開催される国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2010」で上演される。愛知県文化振興事業団などのプロデュースで、このオペラが外国オペラ団の引っ越し公演以外に、日本の団体によって愛知県で本格上演されるのは初めて。第一級の出演者を揃え、トリエンナーレにおける音楽部門の最大の話題となろう。
 「ホフマン物語」は19世紀ドイツの小説家、音楽家E.T.A.ホフマンの小説をもとにした戯曲に、「天国と地獄」「パリの生活」などのオペレッタで名高い作曲家ジャック・オッフェンバックが音楽を付けた。その死により未完のまま残されたために、友人の作曲家エルネスト・ギローが完成させ、1881年にパリで初演された。
 酒場で酔っ払ったホフマンが自らの風変わりな3つの恋愛を物語るという筋書きで、このオペラの代名詞ともなっている「ホフマンの舟唄」をはじめ、コロラトゥーラの精華が聞ける「生垣には小鳥たち」、ホフマンと合唱の愉快な「クラインザックの歌」など、名旋律にあふれている。
 オペラはたちまち大ヒットしたものの、オッフェンバック本人による決定稿がないことから、新資料の発見などに伴いたくさんの版が作られ、版によっては公演ごとに幕の順番さえ異なる。今回はエーザー版とシューダンス版の合体版が使われ、5幕仕立て。第1幕「ホフマン」の後、ホフマンが一目惚れする自動人形「オランピア」、歌手志願の娘「アントニア」、ホフマンの影を奪う高級娼婦「ジュリエッタ」の順で続き、第5幕でエピローグとなる。
 ホフマンの3人の相手役は幸田浩子、砂川涼子、中嶋彰子。いまが“旬”のソプラノの競演は魅力たっぷり。ホフマンにはめきめき売り出し中のテノール、アルトゥーロ・チャコン=クルスが扮する。オペラ得意のアッシャー・フィッシュが名古屋フィルハーモニー交響楽団を指揮し、AC合唱団が要所を締める。事業団のプロデュース・オペラ「椿姫」(2003年)、「ラ・ボエーム」(2006年)で見事な舞台を現出した粟國淳の演出からも目が離せない。



美女カタログ
かの詩人を翻弄した個性的な女性3人は「ホフマン物語」の花
フェロモンたっぷりの彼女たちが、観客をも”落とす”・・・!!

オランピア
[オランピア:幸田浩子]

ホフマンの若いころの純情な恋物語。発明家スパランツァーニがつくった自動人形の“娘”オランピアにホフマンは窓越しに一目惚れしてしまう。オランピアは「可愛い!魅力的だ!目が綺麗!体はほっそり!着物も素敵!非の打ち所がない」と囃し立てられ、このオペラで最も名高い「生垣には小鳥たち、空にはお日さま」を歌う。だが、ネジが緩んできて途中でテンポが遅くなるなど、難曲だ。放送にCDに大活躍中の幸田浩子が難局を巧みに切り抜け、澄み切ったコロラトゥーラの魅力を発揮してくれよう。オランピアはこの歌以外ではОui(はい)かAh(ああ)しか口にせず、結局はばらばらに壊されてしまう。自動人形特有のぎこちない動きを幸田がどう演じるかも注目だ。

オランピア

オランピア
[アントニア:砂川涼子]

次にホフマンが恋する相手は歌手を夢見る病身の“おぼこ娘”アントニア。父親から体に障るからと歌を禁じられるが、ホフマンと再会して愛を確かめ、歌手志願を諦めるものの、不気味な医者ミラクル博士に再度焚き付けられ、絶唱の末に死ぬ。「逃げてしまったの、キジバトは」でソロ、ホフマンと愛の二重唱、ミラクル博士や娘に「歌いなさい」と勧める亡き母親の亡霊との三重唱と、歌の数は多い上に、それぞれ異なる性格を歌い分けなくてはならない難役だ。砂川涼子は名古屋では馴染みが薄いけれど、「ベルカントできちんと歌える貴重なソプラノ」と評価は高い。容姿にも恵まれ、アントニアは持ち役の一つだから、練り上げた歌唱で名古屋に新しいファンを獲得するにちがいない。

アントニア

ジュリエッタ
[ジュリエッタ:中嶋彰子]

ジュリエッタはヴェネツィアの高級娼婦。開始早々、名高い「舟唄」を歌うから、一見儲け役のよう。しかし、魔術師のダペルトゥットが差し出す大粒のダイヤモンドに目が眩み、ホフマンから命の象徴の「鏡に映る影像」を取り上げる羽目に。ホフマンとの二重唱の間に娼婦の手管を使って、相手を一瞬の間に陥落させなくてはならない難しい役どころだ。扮するはいま、最も注目されるソプラノのひとりの、中嶋彰子。以前、事業団の「音楽への扉」シリーズに登場、ヴェルディやプッチーニのアリアで素晴らしい声を聞かせるとともに、軽妙なトークを披露した舞台が記憶に残る(2004年10月)。ホフマンとの心理戦を繰り広げるジュリエッタの役は打ってつけと期待したい。

ジュリエッタ



マメ知識

オッフェンバックとホフマン
 オペレッタの開祖と言われるオッフェンバックだが、オペラでは唯一「ホフマン物語」を遺したのみ。
それだけに、あくなき創作への欲求があふれ、胸を熱くさせられる。ホフマンという存在が作者の分身に見えてきて、芸術に生きる苦悩や至高の精神が切なくも力強く浮かび上がるからだ。オッフェンバックが同作の初演を待たずに亡くなったことも、ホフマンに遺志を託したようで、感慨を催させる逸話。コミカルで軽やかなオペレッタの作品群とは一線を画したオペラを見逃せない!


リンドルフなど4役を務めるカルロ・コロンバーラとミューズ/ニクラウスの2役で魅せる加賀ひとみ

ホフマンの恋を阻む!? ふたりのキーパーソン
 ホフマンの失恋には糸を引く存在が!? まず、恋敵リンドルフ。 リンドルフという役は、人形職人コッペリウス、医師ミラクル、魔術師ダペルトゥットと、姿を変えて出現。 いわば悪魔の如くホフマンにつきまとい、悲劇を招く。そして、恋を阻むもうひとりがミューズ。 ミューズは学生ニクラウスに化けてホフマンに寄り添う反面、彼の恋をからかったり、女性と引き離そうとする。 ミューズ=ニクラウスは、恋愛よりも芸術に生きることこそホフマンの天命だと言っているようで興味深い。

美と怪奇が織り成す幻想世界
 ドイツ・ロマン派の文豪E.T.A.ホフマンの数作の小説を下敷きにした筋立ては、過去と現在、幻想と現実を行き来する奇妙な展開。しかも人形に恋したり、亡霊の歌声が聴こえてきたり、果ては鏡から姿が消えてしまったりと、怪奇性に満ちている。そのうえ、妖しい美しさにも彩られて……! 文学でいえばオスカー・ワイルドや江戸川乱歩、美術だったら四谷シモンや宇野亜喜良、合田佐和子、演劇だったら唐十郎を好きなんて人にも観てほしい!!!