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愛知県美術館所蔵作品選

長谷川利行 HASEGAWA Toshiyuki
1891-1940

酒売場
The Tavern
1927年 油彩、麻布 53.3×65.2cm
1927 Oil on canvas

京都市に生まれる。前半生に関しては不明な点が多い。和歌山県湯浅町の中学に通う頃から、詩や短歌などを発表していたと伝わる。1921年ころ上京し、歌人生田蝶介の紹介で矢野文夫らと交流する。関東大信災に遭遇した体験を、歌集『火岸』としてまとめた翌年、新光洋画会展に初入選する。いったん京都に戻った数年後再度上京し、東京市立板橋養育院で誰に看取られることなく49歳の生涯を閉じるまで、上野・浅草界隈を酒と「熱誠に油絵を描く」という流浪の生涯の拠点とする。即妙な表現主義的作風は、36歳の樗牛賞受賞で一躍脚光を浴び、その後1929年《靉光像》などで一九三○年協会賞を受賞する。1937年まで毎回二科展に出品を続けるが、正式な美術教育の土壌に欠ける為、生前の利行の理解者はごく一部に限られていた。
《酒売場》は《麦酒室》と《鉄管のある工場》とともに、樗牛賞を第14回二科展で受賞している。二科会と日本美術院洋画部の出品若手作家への奨励として、1915年から高山樗牛会より賞金が提供されているこの賞は、二科の歴代の受賞者の中に、林倭衛や関根正二が挙げられていることからも推し計られるように、大正・昭和初期において、資質ある若手の登竜門的性格を持っていた。浅草・神谷バーの室内を情景とした《酒売場》は建物の梁や柱の構造を示す黒や赤、燈色の一気呵成な運筆と好対照に、白い壁とそこに投影された緑の形を背に、黒のシルエットに深く沈む客の群れは、雑然とした雰囲気の中に哀歓を帯びた詩的な情感を醸し出している。平坦な構図や一見乱雑な筆の動き、無秩序に思える色彩の採用方法は、主義や流派という表看板を唾棄した利行の在野の精神と身体そのものが訴えた表現であり、彼の本質の湧出した作品と言える。(N.I.)


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