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愛知県美術館所蔵作品選

小茂田青樹 OMODA Seiju
1891-1933

漁村早春
Seaside Village in Early Spring
1921年 紙本着色 112.0×74.0cm
1921 Color on paper

埼玉県に生まれる。画家を志して上京し、17歳で松本楓湖門に入った。1913年から原三渓の援助を受け、その援助で速水御舟、牛田鷄村と京都南禅寺永観堂近くに仮寓した。翌年今村紫紅らと赤曜会を結成し、号を青樹に改めた。1919年第6回院展に落選したのを機に埼玉県狭山に寄寓して写生と制作に打ち込み、翌年は出雲松江の友人宅に寄寓した。1921年第8回院展に洋画的な手法と細密表現の際だつ《出雲江角港》を出品し、同人に推挙された。1929年の帝国美術学校(現武蔵野美術大学)の開校にあたっては教授に就任。その後次第に装飾的傾向を強め、1931年は第18回院展に《虫魚画巻》を発表して新たな展開を示したが、1933年結核のため療養先の神奈川県逗子で没。
今村紫紅の影響下にある色彩感豊かな南画風の作風から琳派に触発を受けた装飾的な作風に移行したが、1919年の院展に落選したことを契機として狭山や出雲に仮寓し、写生に基づく画風の形成を目論んだ。そうした不断の探究は院展同人に推挙されるきっかけとなった《出雲江角港》を生むことになる。この作品も出雲での研鑽から生まれたもので、その成果を発表した〈小茂田青樹作画個人展覧会〉(1921)に出品された。画面は右上からの対角線で陸と海・空の二つの部分に大きく分かれ、萱葺きの寄棟造の屋根の稜線や妻側の三角形が画面に心地よいアクセントを与えている。厳しい冬が終わり漁師の漁網の繕いにも熱が上がりはじめ、畠には花々が咲き始める早春の漁村のすがすがしい様子が、柔らかい陽光に包まれた穏やかな色調で捉えられている。(H.Ma.)


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