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愛知県美術館所蔵作品選

山元春挙 YAMAMOTO Shunkyo
1871-1933
浜村暮靄図
Vicw of Misty Mountain Village
1897年頃 絹本墨画淡彩 136.7×63.5cm
c.1897 Carbon ink and color on silk
滋賀県膳所町の生まれ。はじめ京都の野村文挙のもとで四条派を学び春挙を号した。その後森寛斎に師事して円山派を学んだ。1886年の京都青年絵画共進会では《呉孟》が褒状を得、その後も京都私立日本青年絵画共進会、日本青年絵画共進会、内国勧業博覧会等の各種展覧会で受賞を重ねた。1899年京都市立美術工芸学校の教諭となり、1909年の京都市立絵画専門学校の設立に際して絵画専門学校教授を兼務した。1904年工芸品の意匠図案の調査と美術教育の視察の出張を命ぜられ渡米。1907年文部省美術展覧会の審査員に任命され、以後審査員を務めた。1889年頃歌川国鶴より写真を学び、写真術や洋画の手法を応用した遠近表現、質感表現等を作品に活かした風景画の領域で力を発揮した。京都で没。
師森寛斎の画風の影響の強い謹厳で緻密な作風から、写真術を学んだり洋画の手法を研究するようになって、岩の表現などにも陰影法が取り入れられ伝統的な皺法からの脱皮が試みられた。全体がセピア調でまとめられたこの作品の視点は比較的近めにとられ、自然な絵画空間への導入がなされている。また、手前左から右手奥の家屋までの前景から中景にかけての空間を合理的に表現しようとする意図がうかがわれる。左側の木々と右側の木々、背景の山容は段階的に濃度が落とされ、空気遠近法への配慮が見られる。岩の表現では明確な陰影表現が試みられているわけではないが、意識的にきつい線法は避けられている。自由なきびきびした筆致の使用は、木々や家屋の表現にも見ることができる。春挙の完成した様式にはみられない軽妙な側面を見ることができる点でも興味深い作品である。(H.Ma.)


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