ふるさとのだんつくと歌舞伎
平成3年度から行われてきた「ふるさと芸能祭」事業の本年度分として、12月4日(日)
愛知県芸術劇場で「ふるさとのだんつくと歌舞伎」が行われた。愛知県文化振興事業団が
主催して、伝統芸能を楽しみながら継承することを目的に、年に一度の公演を続けている。
全国的に見ても、有数の地芝居(素人歌舞伎)拠点である三河地区を有することから、
近年は地芝居と民俗芸能を組み合わせた演目である。隣接する各県も、全国で最多の
地芝居団体が活動する岐阜県を始め、地芝居が非常に盛んなので、県内団体に加えて、
県外団体をも招待して、地域交流も視野に置く。
本年度の地芝居は、県内団体が新城市の作手若芽会で、県外からは静岡県湖西市の
湖西歌舞伎保存会。作手若芽会は、本年10月1日新城市・鳳来町と合併し、
新たに新城市となったばかりの、旧作手村を拠点とする、女性ばかりの地芝居団体。
一方、湖西歌舞伎は静岡県最西端、愛知県に隣接する地域の地芝居団体。
この2団体はいずれも万人講の流れを組み、地芝居の伝統的演技・演出を伝える。
万人講は、江戸末期から昭和初期にかけて三河・東濃一帯で、地芝居の愛好者が集まって、
農閑期を中心に活動した素人歌舞伎の集団。専業役者と師弟関係を結んだ師匠と呼ばれた
指導者の下、独自の芸系を伝えてきた。
まず、湖西歌舞伎の「御所桜堀川夜討 弁慶上使の場」。梶原の讒言により、義経は
兄頼朝に謀反の疑いを懸けられ、二心ない証に御台卿の君の首を差し出すことを要求され、
その受け取りの上使として弁慶が来る。弁慶はここで、自分の娘信夫を、卿の君の身代り
として殺す。弁慶とおわさは、共に身につけている片袖が若き日の仮寝の証。
信夫はその時できた娘。弁慶が、初めて逢った娘を殺した苦衷に絶えられず、
生涯に一度の大泣きする。勇猛な弁慶の号泣する姿、おわさの苦悩、信夫の憐れ、
観客の同情を誘う万人講の人気演目の一つを、よく伝えて好演だった。
「神霊矢口渡 頓兵衛住家の場」は福内鬼外こと平賀源内作の江戸浄瑠璃作品の四段目。
南北朝の動乱の末期、南朝方の新田家では義貞の子義興が劣勢を挽回すべく出兵、矢口で
頓兵衛の策略で戦死、新田家は離散する。義興の弟義峰は愛妾うてなと共に源氏の白旗を
守りつつ、追手を逃れて矢口の渡の頓兵衛の家までたどり着く。そこでの出来事がこの場。
突然飛び込んできた敗者義峰に一人目惚れして、命を賭けて助けるお舟。
その娘の命より褒美が大事という頓兵衛の徹底した悪心。親の憎々しさで娘の哀れさが
際だち、人気の演目。特に地芝居では、お舟が如何に義峰を助けようかと悩む件を、
義太夫に乗せて人形ぶりで演じる古い型、あるいは、瀕死のお舟が太鼓を打とうと
櫓に向かう件の「髪洗い」、頓兵衛が義峰を追いかけての引っ込みの「蜘手蛸足」など、
人形型の派手な演技で、見せ場が多い。今回はこの伝統を受け継ぎつつ、頓兵衛が
飛矢に討たれる件を見せないなど、継承している独自の演出もあって、大いに興味深い
一幕だった。
今年の民俗芸能は「だんつく獅子舞」。知多郡東浦町藤江神社の祭礼
(10月の第2日曜日)に奉納されているもの。「八ツ頭舞楽」とも呼ばれ、
一人立ちの風流獅子。「恋歌仙」「膝折」「隠獅子」の三段があるが、この日は
「腰折」を除く二段の上演。藤江神社を再現した舞台は、会場で祭りの雰囲気に
十分浸ることができた。獅子頭を被り、胸に鞨鼓を付けて、中腰で踊る振りは重労働だろう。
「隠獅子」は雄雌獅子に六頭の小獅子が加わり、実にかわいかった。享保7年(1722年)に
修理した革製の獅子面が伝わっており、江戸中期以前から、この地域で雨乞い踊りとして
舞われてきたという。東北などには多いが、愛知県では珍しい獅子舞。大切に伝えたい
貴重なもの。
県下及び周辺の文化を評価、発信する事業として、この催しの意義は大きい。
これからも続けてほしいものだ。
安田徳子(岐阜聖徳学園大学教授)
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