ピアノの名曲、作曲時の姿で蘇る
「感動・クラシック新発見!」響きの違いはっきり


 舞台に並べられた3台のピアノを使って、モーツァルトからショパンまでのピアノの 名作を名手が解説しながら演奏する珍しいコンサートがこのほど、名古屋・栄にある 愛知県芸術劇場コンサートホールで開かれた。
 このコンサートは愛知県文化振興事業団が7年前から始めた「音楽への扉」シリーズの 第7弾、「感動・クラシック新発見!」シリーズ全4公演の2回目に当たる。 「音は進化したのか?」と題し、11月5日午後1時半から始まった。
 舞台上には、木目も美しい飴色のマテーウス・シュタイン製のピアノと、焦げ茶色の プレイエル社製のピアノが現代の漆黒のベーゼンドルファーと並んで置かれている。 シュタイン・ピアノはベートーヴェンやシューベルトが活躍していた1820年に ウィーンで、また、プレイエル・ピアノは晩年のショパンが愛用したのと同じ時期の 1846年にパリで、それぞれ製造され、いずれもピリオド・ピアノの収集家で修復家の 山本宣夫が購入し、演奏可能な状態に修復したものだ。
 これらの楽器を使って、それが製造された時代に作曲された名作を鑑賞してもらおう というのがこのコンサートの狙いだ。シュタイン・ピアノが使われた第1部ではモーツァルト の誰でも知っているソナタ第15番ハ長調K545、シューベルトの匂うように美しい即興曲 変ト長調作品90の第3、それにベートーヴェンの「月光」ソナタの3曲、プレイエル・ピアノ による休憩後の第2部ではショパンの24の前奏曲作品28の全曲が取り上げられた。
 演奏したのは中堅ピアニストの上野真。上野はザルツブルクのモーツァルテウム 音楽院などで研鑽を積んだ後、いくつもの国際的なコンクールで上位入賞を果たし、 国内外のオーケストラとの共演も豊かな実力派だ。この日も、各楽器に対する深い学識に 裏打ちされた素晴らしい技巧で、モーツァルトやショパンの名品を詩情豊かに表現した。
 熱い拍手に応えて、アンコールでは「月光」ソナタの第2楽章と第3楽章が ベーゼンドルファーで演奏された。これにより、シュタイン・ピアノでは柔らかく澄んだ 繊細な音色で、低音部でも重苦しくなかった響きが、ベーゼンドルファーではより明るく、 輝く力強さを増す一方、やや金属的な響きがし、繊細微妙な味わいを減じていることが 実感できた。
 演奏の合間の上野の短い話や修復者の山本との対談はピアノの機構の変遷や ピリオド・ピアノの演奏の際の微妙な指使い、修復の苦心談を中心に、少しく専門的ながら、 ピリオド楽器の演奏を楽しむ上で参考になる内容だった。
 この「感動・クラシック新発見!」の隠れたテーマは「西洋音楽の変化・変遷」を探る。 第1回(7月21日)は愛・地球博の真っ最中に開かれただけに、それに因んで、司会者の 井上さつき(愛知県立芸術大学教授)が発見したフランスの作曲家、ビゼーとマスネの 2つの「平和への賛歌」が演奏された。この2曲は1867年のパリ万博用に作曲された ものの、お蔵入りとなっていたもので、その世界初演と話題になった。 第3回は「移ろいゆくオペラ」と題して2006年1月21日に行われ、オペラ・アリアの 変化が紹介される。オペラの指揮で評価の高い児玉宏指揮の名古屋フィルハーモニー 交響楽団が出演する最後の4回目はタイトルもずばり「オケの中で変わる!」で、2月25日に 開かれる。会場は同じくコンサートホールだ。
 「音楽への扉」シリーズは中身の濃い割に入場料金が安く、出演者も実力派揃いの上、 土曜日の午後開催とあって、夜の演奏会には出にくいお年寄りや子供連れの若い人たちにも 格好の時間帯だ。今度はどんな新発見があるか、期待したい。(敬称略)

早川立大(音楽ジャーナリスト)

Photo : Kosaku Nakagawa