椿姫を終えて       児玉 宏(指揮者)

 「実際の公演会場で行われる公開オーディションで歌手を選考し、音楽稽古を一週間、舞台稽古を四週間行い、練習開始初日からすべての場に指揮者・演出家が参加、出演歌手全員を、その間現地拘束する。さらに練習の効率化と公演の水準・質の向上を図るために、アンダー・カバー歌手無しのシングル・キャストとする。」

 実際の劇場生活の中で、長い歴史の中から培われたオペラの作り方を自然に身につけた者にとって、全く当たり前なこうしたことが、日本のオペラ制作の現場では、まだ「異例」であることも知らず、異国での経験を基にして、聴衆の心に訴える密度の濃い「椿姫」を造ろうと努力する指揮者・演出家の意図を信じて、彼らの提案するオペラの造り方を、危険が伴う未知のものであったにもかかわらず、快く承諾し許してくださった愛知県文化振興事業団のふところの大きさに感謝いたします。

 舞台制作のプロが集まり、それぞれの部門・分野で全力投球し、すばらしい舞台とこれだけ水準の高いオペラを造っておきながら、「切符完売のため70人近くの方が当日券も買えず帰宅しなければならなかった」という事実、もっと多くの人が鑑賞できるシステムが出来ないものかと大変残念に思いました。

 時代はまさに「オペラ・ブーム」。 ハードとしての劇場は世界に通用する一流の建物・設備が出来たように思いますが、ソフトとしての企画・制作・運営等の技術は、それに負けないものが本当に出来ているのか? 「オペラの企画・制作・運営に適した組織の構成・編成」が出来ているのか?

 現在行われている数あるオペラ公演は聴衆が選択できる「文化」として、聴衆の立場から利用しやすい形で供給されているかどうか?何時まで東京発信型でない「文化の新しい在り方」として、また制作運営経費の節約・地方文化の活性化の手段として、ナンバー1ではないけれども「地方しか出来ない」オペラ「文化」の発信は出来ないか?

 20世紀末期のドイツで、300年余りの歴史・経験の結晶としてのオペラの造り方を「生活の中」で叩き込まれた者には、6週間に渡った今回の名古屋滞在中、いろいろな側面で気がつくことがありましたが、いずれも「マニュアルの問題」ではなく、「自分たちの文化としてのオペラを、日本の中でどのように造っていくか」という、息の長い、これからの課題に集約されるように思います。

 今回、指揮者という形で直接公演に参加させていただいただけでなく、企画・制作の場でもお手伝いをさせていただいたこと、加えて、こうした形でドイツでの経験を、微力ながら日本のオペラ制作の現場に還元できる機会をいただけたことを、私はいま、大変うれしく思っています。

 今後も「愛知発信型」の「生きたオペラ」が造り出されることを、そして「椿姫」の悲劇が、ご覧になった方の心の中で、それぞれの形で「生きていることの暖かさ」として実感・再確認されたことを願ってやみません。

(2003年11月 ミュンヘンにて)