●楽器の個性を表現する 2000年2月29日(火)
出演者:八木美知依(箏)+佐藤允彦(ピアノ)+箏アンサンブル
田中悠美子(太棹三味線)+野村誠(鍵盤ハーモニカ)+片岡祐介(木琴、パーカッション)
一噌幸弘(能管、篠笛)+吉野弘志(ベース)

●人間の個性が表現する 2000年3月1日(水)
出演者:八木美知依(箏)、田中悠美子(太棹三味線)、一噌幸弘(能管、篠笛)、片岡祐介(木琴、パーカッション)
「微妙」 : 木津茂理(唄、太鼓)、費堅蓉(大三弦、中国琴)、洪在童(カヤグム)




複数の文化のなかで、
自らを拡張してゆく「伝統音楽」の演奏家

 街のなかでも、メディアをとおしてでも、わたしたちのそばにある音楽は、西洋の影響を大きく受けたものばかりだ。その環境のなかで、伝統音楽をやる、和楽器を演奏するというのは、一種、複数の文化に身をおくことだといっていい。
 伝統はたしかに存在し、それはそれで存続させる。そこには、ほかに変えることの出来ない完成=感性があり、美が、魅力が、ある。くずれないかたちで保つことがひとつの在り方だ。そのことをはっきりと認め、自らもそこに身をおきながら、この、手にしている楽器で何ができるか、自分が学んできた古典や伝統を新しいかたちでできることを模索する――古い皮袋に新しい酒を入れることを試みること。

 伝統という枠内において、やることは決まっている。そこには、西洋的な視点では捉えることがむずかしい「個性」というものがある。本人のキャラクターを抑え、殺すことで生きてくる「個性」。それに対し、すでに生まれおちたときから親しんでいる、ある程度変質してはいるが、西洋的影響下の「個性」がある。若い和楽器の演奏家は、そうした二つの「個性」を、音楽にかかわる「場」に応じて、使い分けているのではないだろうか。

 ざっと四つに編成された「試み」をみてみることにしよう。
 複数の箏を使い分ける八木美知依はピアノの佐藤允彦と組む。
 佐藤の手による曲は、東欧や西アジアまで含めたグローバルな音楽イディオムを駆使し、金属絃を叩く「ピアノ」と、絹糸をはじく箏とを出会わせる。両者の調律のちがいは、ときに混合よりは乖離をつくり、そこでハウリングがおこったり、ひびきの差異がきわだつところがポイントとなる。
 義太夫三味線の田中悠美子は作曲家の野村誠、打楽器の片岡祐介と共演。

 野村と片岡は複数の楽器、それも小さな木琴や鉄琴、鍵盤ハーモニカ等など、一見「玩具」のようなものを扱って、「義太夫」の楽器音と発声とを、ずらし、解体し、新たな「楽しみ」に組み替えてゆく。なによりも音と音との出会いを「発見」しながら、あ、これはおもしろいと感じ、もっとやろう、こうやるともっといいだろうと拡張してゆく「創造」のよろこびが、ここにはある。ただ、ひとつの完成した「かたち」を求めるひとにとっては、わけがわからなかったり、なんだこれはと思うことも事実ではあるのだが。

 能管の一噌幸弘とベースの吉野弘志のデュオ。
 コンサートに足をはこび、ステージ上で奏される音のつらなりをそのまま「音楽」として聴く、「鑑賞」するという意味で、もっとも「ふつう」の、そして「楽しめる」ものは、このデュオだったはずだ。しかし、高音域のめまぐるしいパッセージの連続が、徐々に単調さと退屈さを呼び起こし、いささかの空虚さを感じさせられるのも事実としてある。

 木津茂理の唄と太鼓、費堅蓉の大三弦、洪在童のカヤグムによるアンサンブル「微妙」。
 アジアの三つの国――日本・中国・韓国のひとと楽器がつくりだすのは、まず「うた」をうたうこと、発声するという身振りを媒介にして、「打つ」音、「はじく」音が呼びこむことであり、「一緒にやる」という共同性だろう。そこで素材となるのは各国の民謡や童歌、子守歌を中心とする、ひじょうにプリミティヴな音楽行為だ。「挑戦」であることよりも、なんらかの共存をはかる――シンプルではあるが、音楽をする以上、どこかに持っているこのおもいを、この「微妙」はみせてくれた。

 こうしたコンサートの意義深さは、なによりも完成した「芸」や「作品」の発表を目的とする以上に、個々のアーティストの存在をアピールし、彼らを同一のステージ上にのせ、出会わせること、そして互いの「個性/持ち味」を調整してゆく「場」をつくり刺激しあうことにある。それは見えないようでありながら、観客にもはっきりと伝わるし、各人はそれぞれに現在進行形の「いま」を感じて、持ちかえってゆく。こうした試みが一回きりで終ってしまうのか、それとも何らかの発展をともないつつ継続されるのかが、まさに「芸術=文化」の未来とつながってゆくはずだ。

小沼純一(音楽文化論)



写真/南部辰雄