都築●古くからのお付き合いで、ずっと前から聞きたいと思っていたことなんだけど、どうして木之下さんは音楽家ばかり撮るようになったの?

木之下●単純に自分が音楽を聴きたかった(笑)。最初は作曲家たちを彼の部屋で撮るという仕事から始めたんだけど、そのうち音楽を写真で表現できないかと思って、一柳慧さんと写真グラフィックで楽譜を作ったりした。でも写真としては面白いんだけど、どうしても納得できない部分もあって、そのうちに音楽家という人間をみつめていた方がすごく音楽的だなと思えてきた。それからクラシックの音楽家を撮り続けてきたんです。

都築●舞台上の決定的瞬間をとらえるってのはむつかしいでしょう、どうしてもワンテンポ遅れたりして……。

木之下●いや私は遅れない。例えば記者会見場などで100人ぐらいカメラマンがいて何かのきっかけでみんながシャッターを押す、その時、多分私は一番早くシャッターを押せるみたい。バシャバシャって1秒ぐらい続くでしょ、早い人から遅い人まで。同じ所で撮っても、その1秒ぐらいの差はすごく大きいわけ。隣で撮ってると良く分かる。あ、あんなところで撮ってるって……。

 外国で音楽家を撮ってると劇場やオペラハウスがすごく綺麗でしょ、今度は劇場を撮ろうと……。それで分かってきたのは、ヨーロッパではまずオペラハウスを作るわけ。都市に広場ができて、そこにオペラハウスができる。それはその都市が最も繁栄した時代なんです。没落が始まっても、劇場は残る。ウィーン国立歌劇場はヨーゼフ1世の時代、ハプスブルグ家最後の繁栄の時に。パリはナポレオンが作り、完成時にはもう彼はいなかった。

都築●バイロイトでもそうですね。

木之下●バイロイトが少し違うのは、ワーグナーが「リング」をやるのに一番いい劇場として作ったんです。それまでのオペラハウスは劇を見る所ではなく、社交場だった。馬蹄形というのは、観客どうしお互いを眺めて楽しむためのものだったんですが、ワーグナーがバイロイドで初めて全部の客が舞台を見るように馬蹄形をやめたんです。バイロイドはワーグナーの強烈なプロデュース能力によって生まれたんです。南米のジャングルの真ん中にもオペラハウスがある。天然ゴムを求めたヨーロッパ人が、マナウスというアマゾンの町にすごく綺麗な劇場を作った。ジャングルを見下ろす高台にあって、奴隷に扇風機を回させて客席の下から風が出る劇場、そこへ燕尾服着て通ったんですよ。アルゼンチンにはテアトル・コロンという世界最大のオペラハウスがある。アルゼンチンが豊かだった頃、フランス風の街を作った。100m間隔で道路を作って、その1ブロックに劇場を作った。南半球だからヨーロッパのシーズンと逆になる。ヨーロッパの金持はオフになるとアルゼンチンヘ行ったんです。あと、ドレスデンは戦争で完全に破壊された後、何よりも早くオペラハウスを復元した。だから、愛知芸術文化センターができて、他にもオペラハウスができてくるってことはやはり今、日本がそれだけ一番繁栄して文化的にも……。

都築●だが、建物はできても、まだシステムがない。オペラハウスはハウスでも建物のことじゃない。オーケストラと合唱団、それにバレエ団も要る。裏方さんも全部揃ってこそオペラハウス。単なる貸し小屋的なものはヨーロッパにはない。だから、日本訳でも「歌劇場公演」となっています。場所ではなく、システム全体を指している。オペラは総合芸術だと言われますね。音楽、演劇、美術、劇場機構、それに新しい意味では聴衆も加わる、そういう総合芸術を生み出すシステムが必要です。オペラは成熟したお客を好む面があって、公演だけじゃなく啓蒙的な企画、リハーサルを安く見せたりレクチャーも必要です。会場を貸す時にリハーサルの公開を義務付けても良い。

木之下●劇場というのは、楽しむための特別な空間です。ヨーロッパでもホワイエは日常から非日常に行く入口として豪華に作ります。だから、お客さんもお酒落をして行くし、社交の場でもある。かつては日本でも芝居小屋はそうだった。オペラはそういう空間でやるものだし、内容を予習しないと分からない。ただ切符を買って、行くってだけではもったいなさすぎる。今ではレーザー・ディスクで予習できるし、この施設にはそういう機能、アートプラザとかライブラリーもあるんですよね。

都築●文明を文化を生み出すシステムとすれば、この愛知芸術文化センターはまさにひとつの文明。美術館もあれば、実験的な劇場もある、そういうものが見事に総合されれば、みんなが喜ぶような創作オペラが出てくるかもしれない。オペラハウスはどこも都市の真ん中にある。ロケーションを生かして、街の真ん中に劇場という特別な場を作ったのはとても良かった。

木之下●それとヨーロッパのオペラハウスっていうのは、その都市特有の地方性を持っている。よその都市からもその特色を見に行くわけですよ。例えば、今度、東京に第二国立劇場ができて、東京は東京のオペラ、愛知は愛知のオペラを作っていくことによって、みんなが愛知に来るわけですよ。そういう意味で特色を持たなきゃいけない。ここで作るためのシステムはすぐには無理だけど、何年かの計画でまず劇場付きの合唱団とオーケストラを、そして県立芸術大学があるわけだからオペラ科を作って、人を養成して……。このホールにとって実に幸せなことに、柿落としを世界初のプレミエでやったというのは本当にすごいことだと思うわけ。この伝統を守って、例えば、5年に一度とかに世界的なプレミエをやって、それも外国のオペラ団によるプレミエをする、テーマはジャポニズム、日本的な解釈ということにすれば愛知が発信地になる。これは本当にインターナショナルなことなわけよ。美術館でもジャポニズムでやって総合的なテーマでここでやったらいいんじゃないか。オリジナリティを持つことが大事なんです。

都築●ヨーロッパの音楽祭ではひとつのシーズンになっているでしよ。単発のオペラ公演だけを世界中から見に来るかっていうとちょっと難しい。それに関連したフェスティバル的な企画がやはり必要で、それができるだけの体制を作らないといけない。

木之下●施設を作った以上、それをやる責任があると思う。この地域だけじゃなくて、このオープニングのことは世界中に伝わっていくわけでしょう。その後、火が消えたとしたら、世界中から認識を疑われてしまうよ。愛知県だけのことではなく、結局は日本人がどう思われるかというところまで影響してくる。すごい責任があるわけですよ。

都築●今回の「影のない女」の演出は、歌舞伎で言えば世話物。例えばいのちの泉が出てくると、石になっていく皇帝を人間に戻そうと皇后が一生懸命水をかけてる。そのしぐさなどは非常に歌舞伎的で、じんときちゃった。ヨーロッパの演出家ならこうはいかない。もっとどろどろした利害関係や善悪とかいう杓子定親なもので測ったりする。ところが、今回の演出では悪者が一人も出てこない。乳母が悪者なんだろうけれども、皇后のために一生懸命やっている。心と心がつながりながらも二人の理想が食い違う。その点を「歌舞伎の世話物的だ」と猿之助はとらえた。それから、最後には、カイコバードという神様がわけもわからず許しちゃう、自分で呪いをかけておいて、「よっしゃ」って……。ああいうのはいわゆる「機械仕掛けの神」と言って、西欧的な神の典型で、劇の最後でわけわかんなくなっちゃうと、神様が降りてきて「もうこれで解決」ってやっちゃう、そういうギリシャ古典以来の解決のやり方なのね。一生懸命努力した人間たちとは何の関係もなしに神様が解決してしまう。それが歴史的で宗教的であると同時に西欧世界が持っている弱さだと思う。猿之助の演出はそれをせずに、みんなが努力して、最後に上の世界と下の世界をつなぐ。「自分を犠牲にしてでも相手を助けたい」というところをテーマにした点で、僕は猿之助演出を高く評価しています。木之下さんの言うジャポニスムみたいな、ナショナルなものがインターナショナルになっていくところに、本当の愛知からの文化発信という意味がある。しかも、日本人が楽しく見ることができた。あの乳母の衣装と身振りを見れば、日本人ならそれだけで、乳母が遣り手ばばあで、男を取り持つってことが分かるもんね。

木之下●実は、日本人だけではない。出演した歌手たちもびっくりした。今までヨーロッパの演出家になかったもの、例えば手を使った表現、内面を形で表現することを向こうの演出家はしていないんです、バレエはやりますけど。歌舞伎の表現力は、実はインターナショナルだったんです。それが文化の交流というわけですよ。若い男がえびぞりをやったりしてね。貸し小屋も必要なんだけども、ぜひオリジナリティのあるものを作っていって欲しいと思います。

(92.11.12)

 

 撮影 木之下晃

 

木之下晃(きのした・あきら)
1936年長野県生まれ。日本福祉大学卒。中日新聞、
博報堂を経て、現在フリーランス・カメラマン。71年、日本写真協会新人賞受賞。78,82年、サントリー音楽賞ノミネート。86年、「世界の音楽家(全3巻)」で芸術選奨文部大臣賞を受賞。写真集に「対談と写真−小澤征爾」、「SEIJI OZAWA-小澤征爾の世界」、「HERVERT VON KARAJAN」、「アメリカ音楽地図」、「ワーグナーへの旅」、「小澤征爾とその仲間たち」などがある。日本写真家協会、日本シベリウス協会理事。東京綜合写真専門学校講師。

都築正道(つづき・まさみち)
1940年 名古屋市生まれ。名古屋大学文学部時代から合唱指揮や劇判で活躍。関西学院大学院でワーグナーの楽劇を研究。桑名市制50周年記念に、なかにし礼作詞の「日本の第九」を企画。現在、春日井市にある中部大学女子短大教授で、同市の交響楽団の音楽監督を務め、指揮も行っている。朝日新聞の音楽批評や講演・司会・「レクチャー・コンサート」などでも活躍中。主著に「楽劇:音と言葉の美学」、「あくびなしの音楽会」がある。